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書きっぱなし、録って出し、撮って出し。

書きっぱなしの文章はダメですか?

JPEG撮って出し派必見。カメラ散歩が楽しくなるカスタム設定の登録」という記事を投稿しました。

読み直してみると文章がうまくいってない感じがします。それはリアリティなのかもしれないということで、そのままにしておきます。

さて、そんな書きっぱなしの文章。ダメなのでしょうか?
ライターさんや作家さんなど、またそれを目指している方々ならダメなのかもしれません。

というか文筆家の方の文章は、書きっぱなし(っぽいの)も素敵です。

そうでないnoteクリエイターさんの場合はどうですか?
ダメですか?
わたしは、そういう文章、嫌いじゃありません。
むしろそっちが大好物です。

勢いが大切な場合とかね、そういう文章の話ですよ。

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音声配信の収録も「録って出し」が魅力

音声配信を聴くことがあります。
編集していそうな配信と録りっぱなしのような配信。
2つのパターンがあります。

どちらが好きかというと、録りっぱなし編集なしのパターンです。これは人によって好みは分かれるのかもしれません。

わたしは、録りっぱなし編集なしの配信が好きです。

音声配信サービスVoicyの代表 緒方憲太郎さんがnoteに投稿していました。

「声は”一番搾り”じゃないとダメ」

納得です。
その通りだなぁと思いました。

やろうと思えばどこまでも編集が可能です。でもやればやるほど画一的になってしまう気がするのです。みんな同じに。

noteブログの例えがしっくりきます。

WordPressは自由度の高さがメリットです。どんな風にもカスタマイズできてしまいます。結局それは自由による際限のない不自由なのです。

その点noteは不自由。
その不自由が自由でクリエイティブなコンテンツを生み出していると思います。

但し、音声の場合はノイズが残っていると、聴きづらさ、不快さが出てしまうので、収録生音源の品質はある程度確保する必要があります。収録品質によってはノイズ処理など必要になる場合があります。
聴覚は敏感です。耳障りの悪さは聴く側に大きなストレスを与えてしまいます。編集より収録に重点を置いた方が良い。

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写真撮影も「撮って出し」が魅力

同じ事が写真撮影にも言えるのではないかと思っているのです。

パソコンでRAWファイルを使えば、ある程度どんなことでもできてしまいます。でもやればやるほど画一的になってしまう気がするのです。みんな同じに。

結局、それは自由による際限のない不自由なのです。

その点カメラが書き出すJPEG画像は不自由です。
その不自由が自由でクリエイティブなコンテンツを生み出していると思うのです。

RAW現像を否定しているのではありません。広告写真、商業写真の世界はRAW現像が必須です。RAW現像も楽しいです。
多少のノイズがあったとしても、見る側に音声ほどの大きなストレスを与えることはありません。撮影時と編集時、バランス良くできます。

今日も元気に楽しく


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