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「光り輝くそこに あなたがいるから」 第⑧話
「どうしたんだ、みずき!」
みずきは荒れた海へ走って行ってしまう。
急いで追いかけようとしているのに、気持ちと体が思うように一致せず、まるで重りを巻かれたように体が言うことをきかない。どんどんと海に近づいて行くみずきに向かって力の限り叫ぶ。しかし、みずきは僕の声など全く聞こえないようだ。
「海に近づくな!」
僕の声はみずきに届かなくとも、どうにか思いを伝え続ける。
みずきは、もう少しで足に波がかかりそうなところまで来て、ようやく止まった。同時に、僕の体も自由になった。
みずきの元へ走った。一体、どれくらいぶりに全力で走ったのだろう。胸にするどい痛みが走る。一瞬痛みにひるんだが、どんなに苦しくとも、みずきのところへ行かねばならない。
「みずき」
十分聞こえるはずの距離に来て呼びかけても反応がない。それどころか、よく見ると、みずきの方でも何か叫んでいる。みずきに駆け寄って後ろから彼女に触れてみた。全身に力を込めて、何かを叫ぶみずきの体の震えは感じるのに、彼女の声が、僕には聞こえない。
風が強く吹き荒れる。白いワンピースが風に巻き上げられそうになっているのに、みずきはそんなことは気に留めずに一心不乱で何かを叫び続ける。
「帰ろう、みずき!」
僕はみずきを後ろから抱きかかえるように力を込めた。しかし、触れている感触はあるのに、みずきへ力が伝わらない。
僕はまるで、存在しないようだった。
(僕のことが見えないんだ。そして僕も、みずきの声が聞こえない。)
『死』。初めてこの時、死の実態を意識した。
死んだ人間が今までの日常からどのように切り離されていくのか。叫んでも聞こえない。目の前にいる、いつも一緒にいた誰かに気づいて貰えなくなる。その心細さと、悲しみ。
生きて触れていられる間は、どれほどのものを無意識に与え合うのだろう。それが突然終わりを迎えた時の景色なんて誰も知らない。だけどきっと僕が見た夢のように、現世との間でもがく時間が存在するのではないか、そう思った。
「最近よく会うな」
田端がやってきて、席に着くのを見届けると、開口一番、そう言ってみた。
「お前。今度はお笑いに目覚めたのか」
田端は荷物を空いている椅子において、深くソファーに腰掛け、まじまじと僕を見た。
「確かに、こちらから誘ったんだから言い方としては少し変だったな」
「いや、それだけじゃない」
田端は腕時計を確認した。
「待ち合わせ時間の15分前だぞ。一体何時からここへ来てたんだ」
なんだか憐れむような表情の田端が可笑しかった。
「お前だって、僕を笑わそうとしてるじゃないか」
ははっと豪快に笑う田端はいつも楽しそうだ。
「いつも機嫌がよくて感心するよ」
「そうか?俺はお前のその、何にも動じないようなふてぶてしさに、やたらスマートな態度がなかなか憎いぜ」
「なんだか複雑な説明だな」
田端は昔から勘が良く、それでいて、余計なことを一切言わない男だ。とても信頼できる友人だと思っている。
「夢を見たよ。彼女に、僕の声が届かない夢」
「なんだか疲れそうな夢だな。どういう意味があるんだ」
「わからない。彼女に触れることはできるのに、僕の込める力は彼女に伝わらないんだ。そして、僕にも彼女の声が聞こえない」
「まるでお前は透明人間だな」
透明人間。正しくそうだ。透明で、そこにいるのに誰にも気づかれない。
「だけど、彼女もとても辛そうだった。何かを一生懸命叫んでいたんだ。海に向かって。僕には彼女がなんと言っているか聞こえなかったけれど」
ふーん、というような顔をしている田端に、質問をしてみる。
「死んだらどうなる?」
田端は僕の顔を見ない。少しの沈黙があった。
「さぁ。何もかもなくなるんだろう。だから、死んだらどうなるかは俺には関係ない。死んだ後のことが気になるなら、生きているうちにやれることをするのみだ。死んだ後にしなければいけないことがあるとしたら、それは自分の力では無理なことだから、誰かの協力が必要なんだろうな」
田端は僕の目をじっと見ていた。
(第⑨話へ続く)
全13話
1話からはこちらです。
https://note.com/aomame_nono/n/nb0033047a37c
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