掌編小説 | ニセモノ | シロクマ文芸部
金魚鉢、ではなくてホルマリン漬けの瓶だ。
生きた金魚を悠々と泳がせる、それこそが金魚鉢の役目であり、あるべき姿なんだ。死んだ出目金を晒す容器と一緒にしちゃあいけない。
だいたい、どうして古着屋にこんなに沢山の出目金の死骸を並べているんだろう。その前に、これは本物? それとも偽物なの?
「ナニコレって思ってるでしょ」
若髭のオーナーが声をかけてきた。若髭って言わないか。オシャレ髭? なにそれ。
「ホンモノ? ニセモノ? ってね。そんな顔してるよ」
オーナーが私の顔を覗き込む。初めて来た店なのに馴れ馴れしいな。だけどこの街ってそういう空気がある。
どこの路地でも水タバコを吸って話し込む人たちがいて、民族衣装みたいなものを個性的に着こなす。イタリアンよりタイ料理。ジョーマローンの香水より、インドのお香! って感じ。
「これ、なんで置いてるんですか?」
私はもうこの店には来ないつもりで、色々訊いてみようと思った。
「だってこれ、売り物だもん」
「へ?」
飾りじゃないって。だとしたら悪趣味。
「どこで買い付けるんですか? こんなもの……」
「こんなもの?」
オーナーの目が光った。ついうっかり言い方をしくじった。ただそれだけで、私ヤラれるんじゃない!?
「君、少女漫画好きでしょ」
オーナーはそういうと、大きな手を振りかぶって、私の頭の上で一時停止。固く目を瞑った所を見計らって、頭をポンポンしてきた。
「『うわっ何こいつ! まじであり得ない!』、でしょ?そこから話が展開していく。大体はラブストーリー。たまにファンタジー要素が入って、キュンっ」
「ちょっとあなた、何言ってんですか」
オーナーはバカ笑いしている。髭の中から現れた歯は思いのほか白い。
「あなた、何歳ですか?」
私は今までの流れをすべて無視してオーナーに訊ねた。
「ねえ、君って疑問に思ったことなんでも訊くね。なんでかなー。俺の周り、そういう奴が沢山集まってくるの」
オーナーは口を左右に引いて、ネコバスみたいににやにやしている。
「だって、思いのほか歯が白かったし」
私がそういうと、今度は腹を抱えて笑い始めた。
「君さ、絶対営業とか無理なタイプ。気づいてないみたいだけど、さっきから失言繰り返してるよ? ねえ、『ヤバい! なんでバレたの? こいつ、超能力者ー??』って顔しないでよ。ウケる」
このオーナーには短時間の間に色々バレてる。もういいや、時間の無駄。帰ろう。
「質問に全部答えようか?」
「え?」
オーナーは私の前に立ちはだかると、腕を組んだ。
「まず初めに、とても大切なことを教えよう」
「な、なんですか?」
「俺は……」
私はオーナーの言葉を待った。心臓がバクバクする。早く言ってよ!
あ、また心の中の声真似されそうでこわい。 笑った顔も不気味、出で立ちも不気味。もう絶対こんな店に来ない。だから、早く
……言え!!!
「俺はこの店のオーナーじゃ、な〜い!」
オーナーだと思った男は、店主ではなかったらしい。
「ただの客よ」
「どういうことですか?」
「知らんよ。俺も初めて来たんだから」
この店に私以外にはこの男しかいなかったのだから、当然オーナーだと思っていたのに。悔しい!
「ねぇ、君って悩み抱えてるでしょ」
「え、なんでわかるんですか」
「わかるよぉ。落ち着きがないし、話も支離滅裂な感じ。その不安、お兄さんが聞いてあげようか?」
私はぞっとして、帰ります、と告げると店を出た。すると後ろから声がかかる。
「後でググってみな」
そう言って、怪盗が出てくるアニメみたいに、わたしに向けて名刺を飛ばしてきた。
私は足元に落ちたそれを拾い上げると、ただ一言書かれた文字を読む。
『吉祥寺の兄』
え! 吉祥寺の兄って、あの人気占い師の?!
「おじさん、待って!」
私は駅の方へ歩いていく男を追った。
「おじさん! じゃなくて、お兄さん! お願い、教えてください。私は……私は、もう、死んでいますか?!」
吉祥寺の兄の足がピタリと止まった。
恐る恐るふりかえった彼の目が怯えて……
「ギャァァァァァァ!!!」
一目散に逃げていく。
ねえ、なんで逃げるの?
おしえてよ。
なんで誰も答えてくれないの?
完
先週のお題のオチとかぶり気味✨️ですが、よろしくお願いします°・*:.。.☆
Geminiさんに感想を伺いました。
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