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「光り輝くそこにあなたがいるから」 第⑩話

 
  
 みずきが、彼女自身の心の内に抱えていたことのひとつを僕に打ち明けてくれたことは、これからの僕たちの関係になにか変化をもたらすのだろうか。そんなことを考えながら、今朝はベッドの中で長い時間を過ごしている。
 みずきはきっと、消えない悲しみを抱えながら、それでも一歩一歩、少しでも前に進もうと、この海辺の町にたどり着いたのだろう。
 
 僕はなぜここにやってきたのだろう。
 思い返すと、当初は、僕という人間を新しい環境で一から創り直したいという思いがあった気がする。
 僕という人間とはなにであるのか。僕という人間を作り替えたところで、一体、世の中にどんな利点が生まれるというのだろう。

 その時、スマートフォンの鈍いバイブ音が部屋の中に響いた。
 しばらくはそちらに顔を向けることも面倒で、横たわったまま身動きせずにいた。
 ベッドの端で、壁に振動を伝え続けるスマートフォンを鬱陶しく思った。
 鳴り続けるそれをようやく手に持つと、振動は収まり、不在通知が示された。母からだった。今朝は母に連絡をしていなかったことを思い出した。
 すぐにはかけ直す気になれなかった。きっと放置すればまたかかってくることはわかっている。だからそれまでのせいぜい数分間は、気持ちを整えることに使うことにしよう。これまでも度々、こういうことはあったのだから。
 
 のそのそとベッドから起き上がりキッチンまでいくと、冷蔵庫のハンドルに手をかけた。しかし、思い直して開けるのをやめた。その日の分の食料は、毎朝の散歩の帰りに買ってくる物が全てだから、散歩に行かなかった今朝は、たいしたものは入っていない。
 仕方なく、近くのコンビニまで行くことにした。

 コンビニで飲み物とサンドイッチを買った。
 滑り台とベンチだけがある、小さな公園のベンチに腰掛けて一息つく。
 ミネラルウォーターを飲み始めると、一気に飲み干してしまいそうだった。ひどく喉が乾いていた。
 母からの着信はない。少し前の不在通知の番号を見ながら、久しぶりに家族のことを思い出していた。
 母がいつも言う「こちらは相変わらずよ」というのは、そのままの意味なのだと思う。
 人当たりの良い性格の父。家族のために働き、浪費家でもなく、読書とスポーツを嗜む健康的な人だ。誰かを敵に回したことのなど無いような、穏やかな性格をしている。父のその性格は、そのまま僕に引き継がれているのかもしれない。
 母は、父よりもいくつか若く活動的で、妹が中学に入ったあたりから仕事に復帰して、いつも生き生きとしている。僕の行動にはどんなときも理解を示してくれる有り難い存在だ。
 妹。妹は優しい。誰に似たのか、とても心配性なところがある。よく、手作りのお守りを僕にくれた。
 小袋に入ったそれには毎回、手紙が畳まれて入っていた。「がんばって」「まけないで」「いつもおもってるよ」そんな言葉が書かれていた。
 
 僕が社会人になってから度々帰る実家は、僕を温かくもてなしてくれた。
 僕以外の三人は普段から仲良く暮らしていて、家を出た僕のことも家族として忘れないでいてくれる。
 この幸せな家族関係が壊れることがあるとしたら、きっと僕が原因になるのだろうと漠然と思っている。
 みずきのことを思った。みずきは今、家族と会うことはあるのだろうか。子供を何らかの形で失った家族は、一体どのような道のりを歩んで来たのだろう。
 
 すべり台に近づく親子の姿があった。僕はまだ手を付けていないサンドイッチと、ミネラルウォーターを持ってその場から離れた。
 歩きながら母に電話をかけた。珍しく、すぐに繋がった。
「もしもし?大丈夫?」
 母の心配そうな声がする。
「大丈夫じゃないよ。家の冷蔵庫に食べるものが何もなくて、コンビニに買いに行ったんだから」
「なに、それ。お金ないの?」
「そういう意味じゃないよ。ただ、買い物をサボってしまっただけ。何も変わったことはないよ。もし心配させてしまっていたなら、ごめん」
 母は少し間を置いてから、遠慮がちに言った。
「たまには、こっちに顔出したら?しばらく帰って来てないじゃない」
「そうだね。そのうち行くよ。皆によろしく伝えてよ。それから」
 僕は少し言葉に悩んでから、いつもより丁寧に母に伝えた。
「いつも、ありがとう」
 母の表情が浮かぶ。複雑な表情をしているのだろう。
「どういたしまして。じゃ、ほんとに近々ね」
 動揺しているのか、早口でそう言って、「またね」と母の方から電話を切った。少し熱を持ったスマートフォンをポケットにしまった。

 いつもこうだな、と思う。家族とは何を話していても気を遣われてしまう。それが年々強くなっているから、こちらとしてもやるせない。だけどそれは僕の生まれ持った特性のせいだからどうしようもない。僕の家族に非がないことは明らかだ。
 家に帰ると、サンドイッチは冷蔵庫にしまって、またすぐに靴を履いた。
 午後に差し掛かり、日差しの強くなった海辺を少し散歩することにした。


(第⑪話へ続く)



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1話からはこちらです。
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