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ありがとう #シロクマ文芸部

「ありがとうは?あ・り・が・とう」
「……ありがとう、ございます」
母親に強く握られていた手首は、開放されたあとも窮屈な痛みが残っていた。
「ありがとうは基本です。どんな時でもありがとう。ありがとうを言えない人間に価値はありません」
「……はい」

ああ、もうこんな時間。
約束の時間、15分も過ぎてる。
皆、先に行っちゃっただろうな。
また私だけ行けなかった。

「莉央、友達と約束があるんじゃないの?
あんまり遅くなるじゃないわよ」
「……はい。お母さん」

お母さんは、私のこと嫌いなのかな。
だけど、それでも私を育ててくれたのだものね。
生むのも育てるのも、すごく大変だったって言ってた。
たくさんやりたいこと諦めて、私のために尽くしたって。
ちゃんと、感謝しないと。
ありがとう、お母さん。


「ねぇ、あんたさ。ヤッた後になんで礼なんて言うんだよ。ひくわ」
男が急に起き上がったので私は驚いた。
「……ごめんね」

すごく冷たい目で私を見下ろしている。
そんな目で見ないでよ。お願い。

「おどおどするな。不気味なんだよ、お前の目。ちょっと正気じゃない」
「……ごめん」

なんで?
なんで、ダメなの?
愛し合ったら、
気持ち良くしてもらったら、
「ありがとう」って言わないと。
怒られちゃうよ。お母さんに……。


「莉央。タケルと寝たの?」
「あ、ああ。うん……誘われたの」
「サイテー」
「え……」
「佳奈がタケルのこと好きなの、気が付かなかったの?」
「……ごめん、わからなかった……」
「あんたって、何考えてるかわかんないわ。
もう付き合えない。友達やめるね。みんなにも言っとくよ」
「あ……うん。ごめんね、ありがとう」
「はあ?ほんと、サイテー」

美代ちゃん。言いづらいこと正直に教えてくれて、ありがとう。
気づかなくてごめん。傷つけてごめん。
こんな私と、今まで仲良くしてくれて
ありがとう。


「お母さん」
「なあに」
「お母さんの好きな言葉は、やっぱり『ありがとう』?」
「そうよ。とても大切で、人を傷つけることの無い、素敵な言葉よ」

そう……なのかな。
どうして私は『ありがとう』を上手く使えないんだろう。
私が『ありがとう』を言う時、人はとても嫌な顔をすることがあるけど。

「たくさん、ありがとうを言うのよ。そうしたら嫌われることないわ。『ありがとう』と言われて嫌がる人なんて、お母さん、見た事無いもの。もしそんな人がいたら……その人は相当、ひねくれてるわ」

お母さんが笑ってる。
嬉しい。
お母さんが私の話で笑ってくれてる。


私も嬉しくて笑った。


「お母さん、ありがとう」
「ん、なにが?」
「ぜんぶ。ありがとう」
「どういたしまして」


お母さん。
生んでくれてありがとう。
育ててくれてありがとう。
色々教えてくれてありがとう。
悪いことした時は殴ってくれてありがとう。
私の火傷のこと、謝ってくれてありがとう。
反省部屋に食事を運んでくれてありがとう。
進路を決めてくれてありがとう。
ぜんぶ、ぜんぶ。
ありがとう。


ありがとう
ありがとう
ありがとう
ありがとう
ありがとう
ありがとう
ありがとう

ありがとう

「変な子ね、泣いたりして」



[完]


#短編小説
#シロクマ文芸部

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