![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/117870723/rectangle_large_type_2_c1e5c79337e5efe623dc4401f5085497.png?width=800)
物事を見る目はひとそれぞれ【心理学】
自分自身の物事を見る目は偏ってるなーっていう風に思った話です。
自分には自分なりの理論があるし、心理学的なものの見方も知っているという感じで世界を捉えてるなっていうのが、先日京都に行った時に思いました。
人はそれぞれ物事を見る目が違うっていうのは当然のことなんですけど、今一度思ったんです。
自分も含めてですが、いろんな人の話を聞いていると、自分が正しいと思っているのだなと思いました。
正しさというのも人それぞれですが、自分は心理学的なものの見方+自分のこれまでの経験、心理学以外で勉強した知識や見方をどうしても信じています。
わたしは特に認知行動理論的な観点から物事を捉えることが多いなっていう風に自分として思うのですが、
これが法律的な立場の仕事についてる人であれば多分法的にどうなのかっていう観点から見るかもしれないし、警察官の人だと捕まえるに値するかどうかとか、そういった見方をするんだろうなと思うんです。
逆に専門的な知識がない場合、自分の経験から物事を見ることが多いんだろうなって思うんです。
自分はたまたま心理学をまなんだから心理学的な視点が入っているだけのことであって、その前の自分を考えると主観的な思い込みは強い方法ではあるので、経験的にいくつかのことが重なって起こったら、法則的にこれはこういうことが起こってるに違いないみたいな感じで思いがちなんです。
それは普通のことといえば普通のことなのかもしれません。だからその家庭の育ってきた環境は違うし、家で起こってきたことを当たり前のことと捉えて人は学びます。
地域柄みたいなのもそういう一つ一つが積み重なって、その集合体とした傾向が出てくるので地域的な特性もあるんだと思います(これはあおきの感想です)。
素朴心理学理論はそういった話で、価値観を形成される中で、周囲から言われたり、周囲が行ってきた行動を見ることが、そしてマスメディアなどの影響もあるでしょう。
じぶんの世界の見方や行動がなぜ起こるかという認識にかなり影響してくるのが実際のところなんだろうなと思います。
そういった経験則が、エビデンスとか科学的な根拠が乏しいとしても、そのような環境から自分自身が学んだことを強く信じることは、おそらくあり得るんだろうなっていうふうに思うんです。
そして、こう思っていることも私自身の価値観です。
例えば、精神病の人は変な人だとか、危険な人だみたいなことを教えられたり、何らかの機会で学ぶわけです。
自然と〇〇病院は精神が病んでる人いっぱいいる病院だみたいなことを当時教えられて、私にもそういう認識が普通にありました(今では理解してますが)。そうした積み重ねは、特定の物事について嫌悪反応の形成につながるでしょう。
そう言われたらそう思っちゃうし、そういうものが当たり前として覚え、それが積み重なっていってしまいます。
だから世に概念を出す人は考えないといけないなと思います。
お金になるのは前提としてわかるし、エンタメ性をもって出すことが普及啓発につながる場合もあるけれど、日本で話題のHSPは本来の科学とはかけ離れた位置にあるし、発達障害を疾患概念の枠を超えて言い出してしまうことも致命的にわけわかんない感じになることにもつながります。
これも私の物事の見方なんですが、どうなんだろうという感想を持っています。
物事を捉えっていうのは自分の経験とかから来るきますし知識を仕入れるっていうのも経験の一種の時からそういうようなところで自分が育ってきてる環境の中で思い描いていることとかいろんなこととか文化とかによって物事の準拠枠っていうのはかなり決定されるんです。
そこに対して誰かがどうこうっていうのはあんまり言えないよなーって思うんですが、その反面、心理学をする人間としては、普遍的な原則を導いたりもしたいなというふうに思います。
普遍ではない、いろいろな人のことを理解できるようになりたいなとも思います。
まず、自分には準拠枠があるって事をまず理解して、あることを知ったならば、いろんな物事に対するバイアスを少しでも少なくて見れるようにできたらいいなと思います。
いろいろな物事あるを理解するには勉強したほうがいいだろうし、人とたくさん会うのがいいだろうし、いろんな文化に触れたほうがいいです。
哲学的なことや偉人の言葉から普遍的な原則を学んだほうがいいし、心理学のこともさらに勉強したほうがいいかもしれないし、そういう積み重ねで研鑽されていくものかなっていう思いました。
この話は最近ずっと思ってて、SNSは殺伐としているし、自分もネガティブな気持ちになることも多くて、自分も含めて、もう少し相手にやさしくできないもんだろうかと感じています。
それを考える中で、ひとそれぞれのとらえってどんなもんだろう?と考えてこの話をしています。
そこで自分が気付いたのが、自分の物事の見方は認知行動っぽい感じとか心理学っぽい視点に立ってるなっていう風に思って、それが正解かどうかもわかんないことだなって思いました。
なので、いろんな人の視点があるって事を理解したほうがいいし、いろいろな情報に触れるにつれてこれどうなんだろう?って思うことももちろんあるんです。
でもそう思っていることももしかしたら偏った見方なのかもしれないし、社会的には合理的な考えかもしれないけど実際はどうなのか?違うサイドから見ると違う見方になるよなって思います。
特定の対象のなにかがどうかとかって話じゃないんですけど、見方はいろいろあるよね、いろんな見方があるって事を知れたらいいよねというそういう話でした。
この話をもう少しクリアに話せるように研鑽していきます。
それでは最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?