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80点カレシとテレビを付けっぱにする私。

嫌いな時があってもいいって、いつも言ってるんだけどね。

それでも、やつは「バランスボールの上でけん玉してる気分」って無駄に上手い表現で目を逸らすわけ。

「人間じゃん。誰でも嫌いな瞬間あるって」
「わかってるけど無意識でどうしてもさ」
「私、あなたの全部が好きなわけじゃないからね?何回も言うけどさ。いい加減覚えてよ」
「うん」
「現実はラブソングじゃねえんだよ」

***

やつの部屋でソファで2人、部屋に絶妙にフィットしないサイズのテレビを付けっぱなしに、私はスマホとテレビを行ったり来たり。

絶妙につまらない芸人がバナナを食っている。隣でやつはナントカという分厚い本を読んでいる。やつは、深夜だから、とリモコンをとって音を最小にした。やつはコーヒーを飲むとテーブルにそっと優しくコップを置く。そして再び本の世界に背筋を伸ばして戻る。ソファの使い方を教えてあげた方がいいのかもしれない。

やつはあまり喋らない。

普段書いている小説やエッセイではずいぶんおしゃべりなのに、現実ではこうだ。もしこいつにファンがいるなら現実を見せてあげたい。

互いの家に行くようになってから3ヶ月、ようやく、やつは私の前でリラックスできるようになってきた。少しずつソファに寄りかかるようになり、冗談を言うようになり(でもくそつまらない)、普段文字にしていることを直接言うようになった。でも。

「やっぱり文字でいいよ。なんか恥ずいし」
「え、何が」
「その、好き、とか、可愛い、とかそういうのはさ、うん」
「いや、でも思ったことは事実だし」

通じない。

やつは微妙に空気が読めず、こんな感じで時々、事故のようにキザになる。

どうしても、自分の挙動が気になるらしい。会話、食事の動作、歩き方、キーボードの叩き方、髪型、などなど。好きな人の前だとどうしても、気になるらしい。一挙手一投足が採点されているようで、何か「ミス」をしたら嫌われてしまうのではないかと。

そのせいか、ラインでもDMでも「送信取り消し」がやたら多い。私はそんなもん気にしないのに。

ーちょっと何かが動いた日の会話ー

「そりゃね、クッチャクッチャするのとか店員に横柄なやつはやだよ、生理的に無理。マジで」
「うん」
「そういう”特級”なのは別だけど、他はいちいち気にしないよ。あなたの歩き方とかどうでもいい。歩くの早いから少しイラッとすることはあるけど、その程度だよ。てかそういうのみんなあるから。80点でいい。あなたは82点だから大丈夫。あと、ラブソング聴きすぎ。あなたにとって私の嫌なところあるだろ、怒らないから言ってみ」

「・・・」考え込む、やつ。しばらく腕を組む。

「じゃあなんで私と一緒にいるわけ?我慢してるの?それとも完璧か?」そう聞くと「我慢は多少。でも気にならない。一緒にいたいから」と一つひとつ選ぶように答えた。「私もそうだよ、その視点はあなただけじゃないと知れ」

やつは、ようやく「見もしないのにテレビ大音量でつけるところ」と言った。

「そう!それ!そういうの!」反省しない私。

「そういう、くせ、じゃないけど、小さいのは誰にでもあるんだよ、あ、あなたの本を読む時の姿勢ちょっと怖い。たまにえぐい姿勢で読んでる。あれ背骨折れそうで。で、うん。もし、どうしても気になるなら言えばいい。言えないならそこまでの関係だ。そして多少の我慢、我慢?じゃないな、欠点がないと長く続かないよ、多分。うちら結婚するわけじゃないけどさ。いや、そうなったら、まあ、いいんだけど。うん。完璧じゃなくていいんだよ。じゃないとこっちも疲れる。マジで」

80点でいい、覚えとけ。
と、態度の割に分厚い胸板をドンと殴った。


そう言って私は立ち上がり換気扇を回す。タバコを取り出し、火をつけるとふと思った。

「あ、これ、嫌だったりする?」
「ううん、それは好きだよ。吸いすぎは心配だけど、吸っているところ見るのは好きだよ」

ちょっとむせた。



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