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ロシアのウクライナ4州併合反対! 核兵器の使用を許さない!

2022/10/4 執筆 2022/10/31 アップロード

【解説】 この小論はフロント[社会主義同盟]という老舗の新左翼グループが出している月刊「先駆」という機関誌の要請で書いたもので、「先駆」(2022年11月号)に掲載されています。
 私自身はトロツキストの出自ですが、もう何十年も党派には属しておらず、構造改革派から出発したフロントからの依頼はちょっぴり意外でしたが、長年、労働運動の場面でも協力してきた人びとの依頼なので、ありがたく了承しました。


崩壊した「先進国における平和」

 2月24日にロシアがウクライナへ侵攻するまで、いわゆる西側先進国に住む多くの人びとは、ヨーロッパ、北アメリカを戦場とする戦争はもはや起きないだろうと、何となく信じてきたのではないでしょうか? 多くの日本人も、もはや日本を戦場とした戦争はないと、何となく信じてきたような気がします。少なくとも私はそう思ってきました。ヨーロッパを戦場とした、大国による小国に対する典型的な侵略戦争であるウクライナ戦争は、第二次大戦後の「先進国における平和」が作り出したこうした思い込みを一挙に崩壊させ、人類はふたたび世界大戦の時代(それも熱核戦争の時代)に引き戻されたように見えます。
 10月3日、ロシアのプーチン政権はウクライナの東南四州を併合すると一方的に宣言しました。その際プーチンは、ロシアの領土となった四州への攻撃はロシア本土への攻撃とみなすとして、核兵器の使用を示唆しました。戦況が悪化する中で、ロシア内の強硬派からは「低出力の核兵器を使え」という声が公然とあがっています。
 隣り合う小国を三方から包囲して正規軍によって全面的に侵攻して破壊しつくし、占領に反対する人びとを、拷問、誘拐、虐殺によって抑圧し、あらゆる政治活動、民主的な権利の行使を禁止したうえで、銃を突き付けて「住民投票」を強行して領土を併合するという、あからさまで帝国主義的な領土強奪に対して、これまでロシア寄りだったトルコや、カザフスタンなどの旧ソ連圏諸国などからも反対の声があがっています。
 侵攻当初、プーチン政権は数日間のうちにキーウを占領して親ロ派政権を樹立するつもりでしたし、ゼレンスキー政権にキーウからの退去を勧告したNATO諸国も同じ見通しを持っていました。ロシアとNATO諸国の見通しが外れたのは、数百年にわたる民族的な抑圧を受けてきたウクライナ人が、NATO諸国からの軍事援助を受けながら、正規軍、領土防衛隊、さらには非武装の市民ボランティアまで、男も女も老人も、場合によっては子どもたちまでが驚くべき力を発揮して、団結して侵略者と戦ったからでした。
 ロシアによる四州併合の宣言は、キーウ占領をあきらめて東南部の占領に当面の目標を変更したロシア軍が、9月以降、東南部でもウクライナ軍の勢いを止めることができず、追いつめられているからです。

「陣営主義」に反対する

 地球上から戦争を廃絶するために闘ってきた世界中の人びとは、今こそ、ロシアによるウクライナ侵略に反対し、1991年の独立によって確定された国境線まで、ロシア軍が無条件に撤退することを要求し、とりわけロシア軍による核兵器の先制使用を絶対に許さない闘いに総力をあげなければならないと思います。
 しかし、世界の反戦運動にとって正念場と言える事態のなかで、西側諸国の反戦運動のなかには少なくない混乱と対立が生まれています。日本では、左翼や知識人のなかに、「ロシアによる侵略はもちろん許されないが…」とひと言触れた後は、ひたすらアメリカを中心とするNATOの東進とロシアの反発といった「世界の構造(?)」をめぐる分析に議論を横滑りさせて、アメリカとロシアの関係を論じ、当事者であるウクライナ人の主体性、ウクライナ人の置かれた具体的な状況を無視して、アメリカとロシアはどのように妥協すべきとか、甚だしい場合には、ウクライナは降伏すべき、非武装都市を宣言して西部方面にむけて撤退すべきというような議論すら横行しています。
 現実をまったく無視して、客観的にみればウクライナに敗北を押し付けるこうした議論がなぜ起きるのか? 二つの点を指摘したいと思います。第一に、日本の平和運動や左翼が、一貫して闘ってきた相手がアメリカ帝国主義とその配下の諸国だったのに対して、ロシアが、アメリカ帝国主義と対立し、封じ込められてきた側の国だということです。戦争の危機は常にアメリカ帝国主義を頭目とする西側諸国がつくるという考え方には、たぶん1980年代の半ばまでは一定の根拠がありました。こうした考え方を、今私たちは根本的に考え直す必要がある。欧米の左派の間では、アメリカ帝国主義に対立している諸国を、たとえ独裁国家であっても擁護する考え方が「陣営主義」(campism)という名で批判されて、論争が続いています。紹介するのはサンダース旋風の立役者、オカシオ・コルテスなどが所属するアメリカDSA(Democratic Socialists of America)のサイトに2020年に掲載されたものの一節です。

● 労働者階級の国際連帯のために、陣営主義に反対! (2020 Winter)
https://note.com/aoisora_org/n/n1d292a59180e

……北半球の資本主義社会に適用しているのと同じ批判的基準を、他のすべての国にも適用すべきです。実際にその国を支配し、意思決定をしているのは誰か? 人々は独立した政党や労働組合を結成する権利を持っているか? 言論、集会、報道の真の自由は存在するか? 人々は集会や平和的な抗議をする権利を持っているか? 産業は誰のもので誰が経営しているか? 労働者は自分たちで選んだ労働組合を持っているか? 労働者は団体交渉、契約交渉、ストライキをすることができるか? 民族的・人種的マイノリティは抑圧されていないか? 女性やLGBTQの人々は、男性や異性愛者と同じ権利と自由を持っているか? 誰もが十分な住居、食料、衣料、医療、教育を受けているか? 私たちは、ロシア、シリア、中国、イラン、あるいはベネズエラのような政府に同調したり、その側に身を置いたりすることで、世界の抑圧され搾取されている人々を援助することは一切できません。私たちは、アメリカ帝国主義と反帝国主義国家という想定された「二つの陣営」の代わりに、私たちの陣営があることを認識しなければならない。それは、自らの権利と自由のために、政治的自由のために、基本的経済ニーズのために、さらには社会主義のために戦う世界の労働者たちである。

 私は「陣営主義」に反対するこの論文の立場を支持します。そして、そうした観点から見れば、まごうことなき帝国主義的侵略であるロシアによるウクライナ侵攻は絶対に容認できないと思います。

ウクライナ人の戦いから学ぶ

 第二に指摘したいのは、とりわけ日本の左派の一部の議論が、絶望的な状況のなかでも、生き続け、戦い続けているウクライナの人びとから学ぼうとしない、ひとりよがりで観念的なものになっていることです。アメリカの核の傘のもとにありながら、憲法九条を武器として、日本国家の参戦、戦争協力に抵抗してきたという、日本の平和運動の特殊な経験をウクライナの現実にあてはめることはできません。今、何より必要なことはウクライナ人の戦いの実際を知り、彼らの闘いから学ぶことだと思います。日本の平和運動の特殊な経験を一般化して、ウクライナ人に戦い方を教える、提案するという姿勢はあまりに不遜です。そうではなく、ウクライナ人の勝利のために、ウクライナ人を支援するために、日本にいる私たちには何ができるかを考えねばならないのではないでしょうか。
 私は今回の戦争が開始されてから、ヨーロッパ、アメリカ、そしてとりわけ当事国であるウクライナとロシアの左派、社会主義者が今回の戦争をどのように考え、どのように闘ってきたかに注目してきました。ヨーロッパとアメリカには党派的な立場に立たない、討論・交流のための左派系サイトがたくさんありますが、今ではウェブ上の機械翻訳の精度が飛躍的に向上して、ほとんど英語を読むことのできない私でも、そうしたサイトの議論をある程度翻訳できるようになっています。note という仕組みを使って、翻訳・公開している幾つかの文章を紹介したいと思います。

ウクライナの鉱山労働組合は訴える  (2022/08/31)
https://note.com/aoisora_org/n/n78cc1e25ab1c

 ウクライナ連帯キャンペーン(Ukraine Solidarity Campaign)というイギリスの運動体(炭労、運転士・機関士組合など労働組合と左派グループで構成)のサイトで、女性の副議長がインタビューに応じているウクライナ独立鉱山労働組合(NGPU)は、石炭、鉄、ウランなどの鉱山労働者43,500人の組合員を組織しています。
 副議長は、鉱山で石炭を採掘してきた組合員たちは、侵攻直後から、自主的に領土防衛隊やウクライナ軍に参加している、他のほとんどの組合員もボランティアで、民間人、軍隊、医療関係者を助けている、ロシア軍は第二次大戦時のファシストよりも残虐だが、テロは抵抗と敵への憎しみを増大させるだけだと語り、「即時停戦・平和」という主張には、「私たちは平和を望んでいますが、領土を手放すことはできない。闘わずクリミアを割譲したことは平和につながらず、全土への侵略につながった」と国土を分割してロシアに譲歩することを拒絶しています。
 特徴的なのは、NGPUが、「私たちは労働者の権利を侵害する法案に反対している」として、ゼレンスキー政権の新自由主義的労働政策に反対していることです。戦後のウクライナについても「ウクライナの社会的再建の目的は、まともな給与、質の高い仕事、安全な労働条件、社会正義であるべきです。そして、労働組合は常に従業員の権利を守るための効果的な手段でなければなりません」と明言しています。

 ウェブ上でウクライナの市民たちの声を集めていくと、極限状態のなかで、人びとが、生き延び、抵抗し、勝利するため力を合わせているさまが浮かび上がってきます。正規軍や領土防衛隊に志願し、武器をとって戦っている人はもちろん、たとえば運転手として物資や避難民を運んだり、地下室に避難している人びとに食べ物や水を運んだり、医療関係者として負傷者を救護したり、ある場合には楽器の演奏や歌で人びとを慰めたり、避難所で子供たちに勉強を教えたり……、つまり、大多数の人びとが助け合って生き延びるため、侵略者を追い出すために力を合わせている。命を投げ出して最前線で戦う勇敢な人ばかりではなく、恐怖のために戦えない人もいるでしょう。しかし、ウクライナの社会全体がいま、侵略者を追い出すために一つに団結して戦っているのは紛れのない事実です。その様子をウクライナ人の左翼はフランツ・ファノンを引きながら次のように叙述しています。

● ロシア侵攻から6ヶ月。ウクライナ人左翼が語る最新の情勢
https://note.com/aoisora_org/n/n2355a0eb796e

戦争はウクライナの政治を劇的に変化させました。フランツ・ファノンは、戦争や革命によって、人びとが抑圧者と戦うために集団で行動しなければならない状況に置かれると、人びとのなかに、自分たちが自分たち自身を統治できるという感覚を生み出すと言っています。ウクライナでは、軍隊や工場など、あらゆる場所で人々がボランティアとして組織化され、社会の間に強い連帯感と協力が築かれました。人々は、協力する新しい方法、組織化する新しい方法を見つけ、より多くの力を得たと感じています。人びとは、戦争の先頭に立つのは支配階級ではなく自分たちであり、自分たち抜きでは何もできないことを理解しているのです。この感覚は、戦争が終わったからといって消えるものではありませんから、戦後も民衆の活動が活発になると思います。

 私は、ロシア帝国主義との戦いの中で、今、ウクライナ人としての新たな民族性が生まれつつあると思います。この論文の著者はゼレンスキー政権の新自由主義的政策を厳しく批判して、戦争の中で力をつけた民衆こそが新生ウクライナの社会主義的再建の展望をひらくと述べています。この希望こそ私たちの希望としなければならないと思います。しかし、もしもロシアがウクライナを蹂躙すれば、新生ウクライナを再建する土台じたいが破壊されてしまうのです。
 戦後日本の平和運動、反戦運動の曲がり角にあって、議論すべきことはたくさんあります。とりわけ、欧米の左派のあいだでは、ウクライナの求める軍事援助を支持するかどうかをめぐって厳しい対立があります。軍事援助なしにウクライナが勝利できない以上、私はウクライナの要求を支持しますが、NATO加盟問題なども含めて、紙面の都合上、触れることができませんでした。今後も、先入観をもたず、現実に学びながら、戦争を世界からなくすために、考え、行動していきたいと思っています。※
 できることならば、民衆のウクライナを夢見て、戦い、そして働きつづけているウクライナの労働者、労働組合を支援するために、日本から市民・労働者の支援・交流団を組織したい。
 最後にもう一度確認したいと思います。

ロシアによるウクライナ侵略反対!
ロシア軍は、一九九一年の独立で確定された国境線まで無条件に撤退しろ!
核兵器の先制使用を許さない、世界民衆の反戦運動を再構築しよう!


※軍事援助をめぐる議論を note で幾つか紹介しています。
● ウクライナ人社会主義者から西側の左翼への手紙
https://note.com/aoisora_org/n/n8d6e33651b2d


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