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*自動ドアの前で:セナノートの破片 / 20240625tue(2112字+短歌31字)


 ぼくとリョウは自動ドアの前で立ち止まった。
「目的地に着いた」
 自動ドアが開いた。
「入っていいのかな? 」
「みろ。故障中ってかいてあるぞ」
 リョウは自動ドアに貼ってある張り紙をゆびさした。
 自動ドアはまた開く。
「でも、ひらくよね」
 ふたりは考えた。
「ひらけば自由に入れるはずだよね」
「だな」
「けど、いまはだめみたいだな」
 自動ドアはいつも開け放たれていて、そこには見張りはだれも居ない。自動ドアが開いた瞬間にリョウは腰をかがめて、なかをのぞく。
「見張りはだれもいないぞ」
「いま入っちゃう? 自動ドアが故障しているかどうかわからないよ。ぼくたちはこのなかの一番の宝物をもって帰らないといけない。気軽に踏み入ってドアがひらかなかったら店に閉じ込められちゃうよ」
 ぼくがいうとリョウはだまった。
 ふたりはこの難題に唸った。
 ドアが開く。だが、ぼくらが入った後にまた開く保証はどこにもない。
 ふたりはドアが開いたり閉まったりをしばらく見つめた。店のなかには極彩色の毛皮や黄金色のインコや中身が裏返った壺やモンゴル人の髭を生やした人形などが所狭しとならぶ。どれもみな輝いてみえる。入ってもそれらのどれが一番の宝物か選ぶのさえむずかしい。
 自動ドアの横にスタンド灰皿があって、その横にベンチがあった。ふたりは腰を下ろした。
 
ベンチにすわるふたりの横でドアは、幾日も開きつづけて幾年も閉まりつづけた。
 ふたりは、このドアのどこが壊れているのか知りたくて、さまざまなことを試みた。ベンチを投げ入れた。スタンド灰皿で自動ドアのガラスを割った。そのほかだれにも言えないような過激なことをやった。なかの宝物はほとんどが破壊されてしまった。
 年齢を重ねたふたりは自分たちの行為にうんざりした。
 リョウのアイデアでぼくが門番役を務めてリョウが盗人役をして、幾度となく自動ドアについての尋問をおこなった。自動ドアの材料やその製造過程やそれぞれのメーカーの欠点などだ。リョウの問いに対してぼくはぜんぶをググって調べあげた。
「ぼくらは、いまドアが直っているのか壊れているのかわからない」
 それが門番役のぼくの答えだった。
 ぼくたちはこの長旅のために、あらかじめ食料もふくめ沢山のものをもってきた。しかし、すべて使ってしまった。どれもずいぶん役に立ったが、もうなにひとつない。
 それでも、ひとつわかった事実があった。いくらでも店は破壊できる。だが店のなかの宝物を盗むための道具を生み出すことはできなかった。
 ぼくらは少し老いた。はじめのころふたりはなりふり構わない破壊行為をただ楽しく行っていた。しかし、しだいにつまらなく感じてきた。
 ある日、リョウはぼくに抱きつくようになった。それからリョウはぼくの服を脱がし始めたの。
「リョウにここで抱かれるのはいいけど、ここにだれか来ないかな? 」
「来ないさ。だってこの店には、いままで何年もだれひとりやってこなかったじゃないか。おれはやり残したことがあると思ってこのまま死にたくない」
 それから何年ものあいだぼくは、ドアが百回開く度にリョウはぼくを抱いていいという約束をして、じぶんのからだをリョウの好きなようにさせた。ドアはほとんど休みなく開いたり閉じたりした。ぼくはそのあいだも自動ドアの動きから目を離さなかった。
 そのうちふたりは自動ドアが故障していることを忘れた。自動ドアがあることを忘れた。
 ふたりは老いた。リョウは嘆いた。年老いてしまえば、宝物なんてどうでもいいんだ。おれたちはなんでこんな遠くまでやってきたんだろう。いつまでもだらだらと愚痴をこぼす老人になった。
 さらに老いて子どもっぽくなったふたりは、何十年もまえに割ったはずの自動ドアのガラス面に、一匹の虫が張りついていると笑った。ふたりで笑い転げた。
「おい! 助けてくれ。あの自動ドアを修理してくれ! 」
 リョウは虫に笑いながら土下座をして頼み込んだ。
 リョウは視力が衰えた。ぼくは聴覚を失った。ふたりは足腰が弱くなった。陽が射しているのか時間がわからない。ここは店の外なのか、店内なのか、わからない。もうどうでもよかった。たまに、目の錯覚なのか、左側がぼんやりと白色に光った。
 とはいえ、ぼくは暗闇のなかで、自動ドアがある方向に、うごめく影が見えた。リョウは自動ドアが開いたり閉じたりする音がはっきりと聞こえるそうだ。
 老衰の際(きわ)、リョウはぼくの腕のなかで漏らした。
「そういえばおれたち以外に、この店にきたニンゲンはいなかったな」
「そうだね。でも中にある宝物は、だれかが陳列したのだから」
「セナ。それ以上、言うな」
「いまさらおれはこれ以上なにも知りたいとは思わない」
「頑張りが足りなかったのかな」
「それはちがう」
「なぜ? 」
「この試みは、おれたちしかやっていない。この試みには頑張りもヘッタクレもない」
「頑張る必要なんてないんだ」
 リョウは死んだ。
 ぼくはリョウの死体を担いだ。重いので、下に放った。
 ぼくは何も考えずに自動ドアに入った。自動ドアが閉まるあいだに、入ってすぐのレジ横に置いてある金色のペンをバッグに詰めて家に帰った。


短歌:
セナノート
端切れ元ネタ
「掟の門」
やっぱすごいぜ
フランンツカフカ



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