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掌編「星になった小説」(7枚)

 たった原稿用紙五枚で、だれもが狙うあの文学賞を獲れはしまいか。ぼくは悩みつづけていた。

 満天の夜空のある深夜。

 脳天に雷が落ちてぼくは目覚めた。

 机をみると、原稿はすでにあがっていた。

 一読し、これはあの文学賞どころじゃないぞ! ノーベル文学賞級だっ!

 この小説はさまざまな「遺書」の、ゆがんだ群像から成り立っている。物語を読みすすめると遺書は、じつは犯人らが自殺者自らを狂人にまつりあげ、自殺を正当化した遺書というテイで、物語をよむ読者をあざむくにせの遺書だとわかる。語り手は殺された数々の被害者たち。物語で殺されたひとらやその死霊らもあまた登場し、誤解と報復が、重層的に連鎖してゆく救いがたい筋だ。

 ところが、この小説には致命的な問題があった。

 この小説は真実をすべて闇にほうむりさる恣意的なひとりよがりで語られる。つまり、この小説を肯定することは誤読を奨励することになるのである。真実のない誤読小説。これじゃあ既存の小説の否定と冒瀆じゃないか! とおもった矢先、机の灯がパッときえ、ぼくは凍りついた。

 この小説の冒頭に登場する男の冷たい指がぼくの首筋にからみつき、まるで真綿みたいにしめあげた。ぼくの顔色はみるみる腐ったジャガイモみたいになった。その冷たい指とはぼくのゆびだ。

 ぼくはいつしかこの部屋に侵入した強盗犯の一味になっていて、先の遺書をなぞるかのようにぼくの首をしめあげていた。ほかの目出し帽を被った強盗の一味は、ふみ台にのぼって家の梁に荒縄をくくりつけている。眼球をとびださせ、ひどい口臭を吐くみにくい自分の顔に我慢がならずぼくは机上の肥後の守を握ってこいつの頸動脈をたてにおもいっきりさいた。血が、天井までふきあがって、遺書がまっかに染まった。

 しばらくして首のヒクつきがおさまり安心していると、別の目出し帽に鈍器でなぐられ意識が遠のいた。

「そいつも始末しろ」

 夜半ににぶくひびく兄貴の声。また別の目出し帽になっていたぼくは、不承不承にうなずいた。だが兄貴はぼくの頷きが気にいらなようだった。ぼくはまたなぐられた。

「だって」

「うるせぇ、遺書が血塗れでそれからどうやってやっこさん自分で梁に首を攣るってんだ」

「だって」

「だってもへちまもあるか!」

 鈍器でなぐられた、血塗れの目出し帽のぼくがにょろり起きあがった。ぼくの鈍器をうばって留めをさす兄貴。ぐったり重なる屍体のぼくと屍体のぼく。

「兄貴」

「もう一度よくよんでみろ」

「わかんないよ、ぼくまだ添削教室に通ってる身分なんだもの」

 ミステリー作家志望の兄貴は、先にあか線を引いた文章、をぼくにつき出した。

「あそこでひとりよがりになって独白させっから、一人称にひきずられるんだ! 第三の目をもって舞台を俯瞰するんだ!」

 兄貴はいきおいづきぼくの頬をはった。だがぼくはいつもの要領で首を亀のように引っこめる。兄貴の手は梁に麻縄をはりつけている別の目出し帽をついた。

 闇に、一匹の蓑虫ができあがった。

 返り血と鈍器でなぐられた目出し帽の吐瀉物のまざった汚臭にまみれながらぼくは、兄貴に、ある疑問を呈した。

「第三段落。なんだけれど…   」

「ここにきて、また添削か! 半人前のおまえになんか書かせるんじゃなかったな。よしこの添削で最後だぞ! 」

 が見る見る血の気がひいてゆく兄貴だった。

 兄貴のからだの節々がボキボキ音をたて折れ、頭蓋はまるで、深海に沈められた発泡スチロールのごとくボコボコ陥没してサイコロのようにちぢんで小さくなってきえた。蓑虫はぼくの部屋でゆらゆらとたゆたっていた。

 「落選」とか「落第」とか「不合格」とかいう言葉の恐怖に支配されたぼくは、必死に血にそまった遺書をよみかえした。ハッとなにかを悟ったぼくは机にかさなる二つの屍体をひきはがし、自分の服をすべてぬぎ、屍体にそれをきせた。ぼくは目出し帽をかぶりクロゼットへいき自分にぴったり合った衣類を身にまとった。ぼくは肥後の守をにぎりしめ、箪笥のなかに身をひそめた。わはは。どうだ! ぼくは箪笥のなかでもう一度遺書をよみかえし安堵した。ぼくは窓辺に腰掛けたままふかく考えこんでいるぼくをじっと息をひそめて睨んでいた。

(今月の添削のお題は「満天の夜空」か…   これから、結末はどうしようか)

 部屋でまだ執筆しているぼくは、おもむろに窓をあけた。晴れた満天の夜空のなかに、来月のお題の粉雪がはらはらと舞っていた。


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