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瞳の先にあるもの 第43話(無料版)

 「あの野郎、思いっきりケツ蹴りしてやる」
 「そのお姿では大して痛くないでしょうな」
 「ちゃんと元に戻るさ。んでもって強化魔法を複合的にかけて」
 「シャレになりません故、お控えを」
 「マジケツ蹴り、めっちゃ痛そう」
 「ぼく、まだデッカいラガンダ様見たことないや」
 闇夜の砂漠に何らかに乗って猛スピードで飛んでいる一団。ラガンダ、ゼンベルト、レコ、リクの四人であった。
 彼らの足元には、じゅうたんらしきものが敷かれ、その下には空間と少し離れて砂漠の砂がある。
 「アマンダも心配だが。まあリューデリアとサイヤもいるから平気か」
 「余程のことがない限りは問題ありますまい。あのお方もすぐに手伝って差し上げてと申して下さいましてな」
 「助かるぜ。正体不明の魔法師がいる以上は気がぬけねぇが。最悪フィリアについてもらえばいい」
 「宜しかったのですか。叩き起こして」
 「緊急事態なんだからしょうがねぇって。文句なら後でいくらでも聞くさ」
 あいつもガキじゃねぇんだから、とラガンダ。勝手知ったる仲だから出来ることなのだろう。
 「レコ、リク。ちゃんと準備は整っておろうな」
 「平気」
 「三人組のにーちゃんと合流して、ケッカイをはる」
 「宜しい。事情は情報屋が話しに行っておる。お前達は彼らの力を借りながら組み立てるのだぞ」
 「うん」
 「レコ兄ちゃん、がんばろーねっ」
 「そんなに緊張すんなって。訓練どおりにやりゃあいい」
 「兄ちゃんといっしょなら、なんでもできるもんっ」
 「その意気だ、リク。アークが火に詳しい、手順も手紙で書いたから大丈夫だ」
 ポンポン、と、目的地に近づくにつれ表情が硬くなっていくレコの頭に触れるラガンダ。レコは初陣してから経験が浅く、初めて任務を任されたことで緊張しているようだ。
 一方、弟のリクは事の重大さを分かっておらず、ただ大好きな兄にくっついて来ただけ。生死を賭けた戦いにもどこか遊び心が生まれており、祖父からは訓練の延長上と言われているせいか、緊張感がない。
 もちろんこれは、大人の配慮である。本来なら戦場に出させたくないのだが、どうしても離れたがらなかったため、やむなく連れてのだった。
 ラガンダは最近故人となった二人の母の顔を浮かべながら、レコとリクを見つめる。
 まだ十三歳と九歳なのに。とっととこんな時代は終わらせねぇとな。
 ラガンダは再び前を向き、右手に力を込めた。
 魔法師たちがヒエンカプンキへと急行している間、ヤロとギルバートは彼らが到着するまで間を持たせる編成を行っていた。同時に救助した民間人をオアシスに送るための隊を、現地人中心で組み込み中である。
 また、ラヴェラ王子の言葉を拝聴した民たちは軍からの食料を受け取らず、オアシスで調達すると話した。自分たちで出来ることは行うので、平穏な生活を取り返して欲しいという。伏せていた食糧問題がどこから漏れたのか不明だが、一部の子供たちの笑顔がとても輝いていたらしい。
 アンブロー王国では考えられないのだが、これは文化の違いであり、ある程度は許容されるとのこと。もちろん悪く作用した場合は罰せられるが、今回のように良い方向に向かったときは、問題としないようだ。
 厳しい環境で生き抜いていくための強かさを幼い頃から叩き込まれたが故の言動、とランバルコーヤ傭兵団長はアンブロー軍関係者に説明し、代わりに頭を下げに来たことで小さな火は大火事にならずに済んだ。
 「こちらの準備は整った。すぐに出発したいが」
 「おう、って。そんだけで大丈夫なのかよ」
 「ああ。途中襲われる心配はないから他はこちらに残ってもらった」
 エリグリッセ兵は前線で止めてもらい、グラニータッヒ兵はこの場にいないため、道中に起こる人的被害は皆無だという。
 「もらしだけないように頼む」
 「ああ。またな」
 「武運を」
 と、ヤロと右手拳を合わせるランバルコーヤ傭兵団長。名をロシュといい、アンブロー軍が入国したときに合流した、ラヴェラ派の兵士である。
 ヤロは情報屋から貰ったブローチを取り出し、
 「坊主、出発するってよ」
 『了解。いっていーよ』
 「よし」
 会話が終わりロシュに視線を送る。頷いた彼は、五名を伴って民間人と合流すると、先頭に立ち背を向けた。
 前線に戻ったヤロは、ギルバートに出発した旨を報告する。
 「早いねー。こっちはまだ動きはないよー」
 「さすがのオレもこんなに固められたら突っ込んだりしねえからな」
 ギルバートは目を見開き、ぱちぱちと瞬きをすると、へー、と口にする。
 「おめえ、オレを何だと思ってやがる」
 「んー。ゴリラ」
 ウホッと唸りそうな表情でチョップするヤロ。周囲から、イノシシじゃなくてか、などのツッコミも聞こえた。
 「まあ、確かにゴリラでもあるか」
 「言った奴ら後で覚えてろ」
 「まま、まーまー。それにしても、合図はまだかかりそうだからさー、はい」
 「おっ、気が利くじゃねえか」
 ギルバートの機転は上手くいき矛先が別に向いてホッとした彼だが、後どれ程の睨み合いを続けるのかは見当がつかない。現状を見る限り、長期戦は不可能であるが。
 見覚えある傭兵が、高所から飛び降りて来ると、
 「食料庫はガチガチに固めてる。鍵よりもそっちが厄介そうだ」
 「やっぱりねえ。留守を預かるなら当然か」
 「住民のも抑えられてるんだったな。数日で落とさねえと」
 「今は体力を温存するべきだ。好機に全力で当たるためにもね」
 「理屈は分かるがよ。飢えを恐れて暴走するヤツが出るかも知れねえぞ」
 「その者には罰則を与えるしかない。大丈夫、必ず勝てるから」
 真剣な眼差しのギルバートに圧され、ヤロを含んだ傭兵たちが一歩下がる。前者は、仲間を信じよう、とだけ口にすると黙ってしまう。
 「う、後ろに伝えてくる」
 「お、おう。そうだな。くれぐれも短気を起こすなって伝えてくれや」
 首を上下に動かした偵察兵は、そのまま走って行った。
 要は勝てば良い、という考えが一番って事か。読みが甘かったなぁ。
 ため息をつきながら、ギルバートはまだまだ視野が狭いと学んだ。
 半日が過ぎると、アンブロー軍がにわかに騒がしくなった。一部の傭兵たちがいさかいを始めたのである。
 ヤロとギルバートが現場に駆けつけると、当事者らは同行したラヴェラ兵によって抑えられていた。よく見ると、アンブロー軍兵をまとっている。
 「まだ時機じゃない。大人しくしててくれないかな」
 「本当に勝てるのかよ。食いもんだって少なくなってるのにっ」
 「勝てるよ」
 「理由はっ。このまま手をこまねいてたら、時間だけがすぎるじゃないか」
 ヤロの眉がつり上がる。
 「それは言えない。どこに何がいるか分からないし」
 「な。信用されてないってことかよ」
 周囲がざわつく。だが、ギルバートは表情を変えず、
 「そう思うならエリグリッセ側につけばいいんじゃない。傭兵って、自由に生きる生き物だし」
 「おい、言い過ぎだぞ」
 「あれ、違うのかい」
 「そうじゃねえよ」
 彼の肩に手を掛けたヤロは、若干の怒りをにじませながら、じっと見つめる。
 「とにかく、無駄な体力は使わないで欲しい。空腹でイラつくのは分かるけど。もう少しの辛抱だ」
 「もう少しって。いつぐらいなんだ」
 ギルバートは、首を左右に振り、おそらく数日以内だと思う、と口にした。
 「ゆっくり休める機会だと思ってさー。たまにはのんびりと夜空を楽しもうよー」
 顔を見合わせる面々の表情は、曇っていた。
 前線に戻りながら、
 「ヤロ、抑えられてた人の顔に見覚えあるー」
 「ねえ。新顔だ」
 「そうなんだ。コレつけてても分かるんだー」
 「まあな。この国が一番長えし」
 へー、と頭に付けている布を触りながら感心するギルバート。日除けのために身に付けている民族衣装のひとつで、地域によって呼び名が異なるという。紛らわしいので、アンブロー軍内ではフードと呼ばれている。
 「しっかしよお。さっきのはどうかと思うぜ」
 「エリグリッセ側にって話のことー」
 「ああ。何にも知らねえ奴が聞いたらカチンとくるぜ、ありゃ」
 「ふふ、まあねー。んまあ、どうにかなるって。皆も動いてくれてるしー」
 「かあ~っ。頭のイイ奴の考えることがちっとも分かんねえ」
 「頭が良いワケじゃないよー」
 まるでいたずら坊主の様な笑みに、今度はヤロが青い息を吐き出した。
 楽観的なギルバートとは裏腹に、彼の言葉を受けた傭兵たちの間では、不穏な空気がただよい始めているようだ。
 「ギルバートって奴、本当に信用できるのか」
 「うーん、どうだろうな。俺は話したことなくて」
 「そうなのか。オレはあいつらがこの国に来てから従軍したが、傭兵のことを蔑ろにしてる感じがしてさ」
 「あー、さっきのか。そうだよな、このままここにいてもいいのかね。マジ」
 と、一人の傭兵。男は、ヤロが新顔と言った人物であった。
 少し話をすると、また別の人間に話しかけ、似たような会話をしている。人見知りではなさそうだ。
 数日に渡る太陽の動きとともに、不穏なガスが溜まっていったアンブロー軍の十数人が、ついに爆発を起こした。新顔の男を中心に、彼に同調した傭兵たちがこっそりと抜け出したのである。
 向かった先はヒエンカプンキ城の近く。城を正面から見て左側に位置する、食料庫であった。
 城門を潜った傭兵たちは、
 「本当にこんなに備蓄されてんだな」
 「な、言った通りだろ。少なくとも十日は持つ、アンブロー軍が勝てない理由がこれさ」
 パンパン、と金属で作られた高い壁を叩きながら話す新顔の男。勝ち誇った笑みからは余裕が感じられる。
 一団はさらに奥にある宿舎へと案内された。鍛錬場と休憩室が設置されており、視線を先に送ると食堂への案内看板が映る。
 新参者が周囲を見渡していると、ドスの利いた声が掛かった。
 「いよお、よく来たな。あんたらを歓迎するぜ。オレは団長をやってるヴァロスだ。よろしくな」
 「驚いた。あんたこの国の人間じゃないだろ」
 「まあな。立ち話もなんだ、飯でも食おうぜ」
 そんなゲソってたら力出ねえだろ、とヴァロス。実はこの男、コラレダ傭兵としてカンダル砦を奪った者だったが、アマンダ率いる小隊に敗北し投降したのである。
 「へえ。あの女の子ってそんなに強かったのか」
 「腕よりカリスマってのか? あのアードルフさんが大人しく従ってるってのがあんな」
 「そういやあ付き従ってたような。本当にあの噂のアードルフ・シスカなのか疑問なんだけどね」
 「本物だ。間違いねえよ」
 栄養を取っているはずなのに震え出すヴァロス。まあ、大人は色々な顔を持つのである。
 「別部隊なのが残念だ。一度やってみたい」
 「やめとけ。敵だったら逃げたほうがいい」
 パシッと両手を合わしながら言う新顔に対し、即答したヴァロス。顔をしかめた男は、
 「男なら強いヤツと戦わんでどうする」
 「強すぎんだ。毒でも盛らないとタイマンじゃ無理だろうな」
 「面白いじゃないか。この国以外にそんな強者がいるなんて思わなかった」
 「はあ。前々から思ってたが、ホントに戦闘バカなんだな、この国の連中は」
 「最高の褒め言葉だな。力こそ正義だ」
 グッ、と上腕に力を入れながら話す新顔の表情は、とても誇らしく輝いている。彼はアンブローからやって来た傭兵たちの皿が空になっているのに気づくと、
 「追加を貰って来よう。ゆっくりしててくれ」
 そう口にすると、立ち上がり食堂のカウンターへと向かっていく。
 背中を見送っていたアンブロー傭兵に対し、ヴァロスは、
 「敵は容赦なく切り捨てるが仲間には寛容だ。戦闘バカだが、悪い奴らじゃねえ」
 と、さらに新顔に飲み物を頼むように大声で呼びかける。
 顔を見合わせるアンブローからやって来た彼らは、空になった皿に視線を落とした。
 新顔が大皿を持って来ると、ほとんど食べれなかった者たちの瞳から光がもたらされる。
 喜んで分け合ってる彼らを見た新顔は、
 「もうあちらの食料もほぼない。さらに抜いていけば戦力も増やせるし、奴らが自滅するのも時間の問題だろう」
 「だな」
 前に受けた屈辱を決して忘れていない男は、ヴァロスの口元が怪しく歪むのであった。

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