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瞳の先にあるもの 第55話(無料版)

※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。


 闇色のローブをまとった青年の襲撃から翌日。アンブロー軍はようやく首都ノアゼニアへと帰還した。死者十二名、負傷者百名以上の惨事が国内で起きた事件は、瞬く間に広がっていっている。
 なお、レインバーグ将軍の姿は、戦いが終わってから見えなくなっていた。
 数日後、ランバルコーヤ王国と今回の襲撃の後処理を行っているヘイノの執務室の部屋に、ノック音が響き渡る。
 「入れ」
 「ヘイノ殿、失礼する」
 「これはセイラック卿」
 「まあまあ、そう畏まらずに。他がいる訳でもあるまい」
 「そうですね」
 ヘイノはセイラックに座ってもらい、紅茶を出した。
 「ふむ、初めて飲む味だ。さっぱりしていて事務も捗りそうだの」
 「ええ。良いものを貰いまして。ところで」
 「うむ。良い知らせと悪い知らせ、どちらが良いかね」
 「良い知らせで」
 「そうか。今朝ようやく息子が目を覚ましてな。特に問題ないそうだ」
 「ああ良かった。では」
 「お察しの通り、アマンダはまだ眠ったままだの」
 大将軍は、頭を抱えてしまう。だが、二人を診断したアルタリア曰く、令嬢の命に別状は無いという。後の診断結果に時間が掛かったのは、初めての事例だったため魔法の国に戻って調べていたらしい。
 「そうそう、アルタリア様からの伝言でな。後程ラガンダ様の状態について直接話に来て下さるそうじゃぞ。都合の良い日程をフィリア様に伝えて欲しいと」
 「成程、畏まりました。後で調整致しましょう」
 「そなた自身の調整もしないとな。陛下も心配しておられる」
 一瞬、ヘイノの動きが止まる。
 「陛下には、ご自分の心配をして頂きたい」
 「何、自分の身位守れる。一番危険なのは、外にいるそなたなのだからな」
 「重々気を付けます。それに陛下のお陰で危険に遭遇する率は下がっていましょう」
 「そうだの。暗殺者類はこちらに来ているようだからな」
 元コラレダ傭兵軍暗殺部隊隊長のイスモをアマンダの従者として迎えた際、彼から暗殺しやすい場所を洗ってもらったのも機能しているそう。アンブロー王国国王は立場だけでなく、防衛の要としても重要な位置にいる。これはごく一部のものしか知らない機密で、唯一例外なのは自力で調べ上げた情報屋兼魔法師の子供だけ。
 ライドン王は自らの命と国を覆う結界の核を繋ぐことで、外敵を守っているのである。
 とはいえ、あくまで機能するのは魔法の類のみ。対人に関しては効力は無い。
 「問題が山積みではあるが、根詰めんようにな。何度も言うが」
 「はは。お気遣いありがとうございます」
 「早く婚約者でも見つけなんだ」
 通例の如く吹き出すヘイノ。
 「い、今は、それどころでは」
 「実はの、今をときめく大将軍殿にぜひ会いたい、という懇願書が毎日陛下の下に届いておってなあ」
 「そんな書類は聞いた事ございませんが」
 「だろう? だからせめて嘆願書を送って来い、と返しているそうじゃぞ。はっはっはっ」
 「ご、ご迷惑をお掛けします」
 「なあに、我が身しか考えぬ者なぞ目に入らんわ。方面問わず国の為に活動しているならともかくの」
 「では、やはり」
 「うむ。だが内政はわしらに任せるが良い。今では弓より得意になっての」
 「ご冗談を。武芸もまだまだ現役でしょう」
 「いやいや、歳を取ると外出が億劫になるようでな。困ったものよ。室内にいるのが気楽で良い」
 「そうなのですか。なら今のうちに色々と出たほうが良いのかもしれませんね」
 「全くだ。ただの旅行なら言うこと無しだ」
 と、セイラックは苦笑いをする。出された紅茶とお茶菓子を丁寧に口へと運び食べ終わると、
 「おお、大事な事を忘れておった。近々陛下の意向で、秘書官と魔法師の二人がヘイノ殿専属で付く事になった。昼近くに到着する予定でな。仲良く頼む」
 「畏まりました」
 「ではの。また老人の相手をして貰いたい」
 「是非とも。ですが、そこまでの御歳ではございますまい」
 「そうでもないぞ。ここまで来るとあっという間に時が過ぎていってな」
 ス、と立ち上がったセイラックは、ヘイノと共に入口まで歩いて行く。
 一礼をして退出したレインバーグ卿は、名残惜しそうな表情でもあった。
 ヘイノは食器をトレイに乗せ、外にいる衛兵へと持って行った。
 今まで周りに人を置かないようにしていたが。陛下に何かお考えがあるのだろう。ようやく表立てる味方が増えたのかもしれないな。
 もう一度紅茶を入れたフウリラ将軍は、窓から見える澄み切った空を眺めた。
 同時刻におけるライティア家の館。
 襲撃事件の直後、アードルフがヘイノに掛け合い、フィリアとアルタリアの勧めもあって、アマンダを連れてライティア領へ戻ることになった。その場で診察した水の魔法師は、脈は正常なのに体温が異常に低下している症状に違和感を覚えたが、エレノオーラと連絡をし、問題ないと判断されたからである。
 「あのー。何か手伝えることはー」
 「いいのよ、まずはゆっくりしてちょうだい。体力を戻さないと」
 「は、はあー」
 「そ、れ、に。イケメンがいるだけで目の保養になるからいいのよ。うふふ」
 それじゃあね、と侍女のエレノオーラ。実は、数百年前からライティア家に仕えているという。
 「ちょっと、変わった人っぽいね。いい人だけど」
 「だな。第一声が、あらイケメンだらけっ、だもんな」
 「アードルフが一番好みっぽいねー」
 「言うな」
 と、少し顔を赤らめ頭を抱える当事者。彼女と出会った第一声も、実は同じだった。
 「ちょっと散歩してきたいなー」
 「やめなって。お前は方向音痴なんだから、迷子になるんじゃないの」
 「つーか、元気だな。おめえ」
 「ちょっと疲れた位だからねー。何でか知らないけど」
 「魔法師に縁があるのかな」
 「そう思うのが妥当だよねー。剣といい。はあ、一回で良いから使ってみたかったけど」
 「そういやあ、嬢ちゃんはどうなんだ」
 「自室で休んでるんだってー」
 「じゃなくてよ。症状だ、症状」
 「ずっと眠ったままなんだってさー。命に別状は無いって話だけど」
 「何だそりゃ。イスモ、そんな病気あんのか」
 「少なくとも、俺は知らない」
 「今、魔法の国でフィリアとアルタリア様が調べているそうだ」
 「そっかー。もう何が何だか、って感じだねー。ラガンダ様の事も心配だし」
 背伸びをしながらヘッドボードに寄り掛かるギルバート。やる事ないからひと眠りー、と言いながら、コンフォーターをかぶる。
 「お前達の調子はどうだ」
 顔を見合わせる義弟たち。
 「何つーかな。手足が重い感じだ。骨折とはちっと違うけどよ」
 「俺は全身がちょっとだるい。発熱のない風邪みたいな感じかな。兄貴は」
 「少し頭がぼんやりする位だ。寝込む程じゃない」
 「そうなんだ。兄貴とギルは聞く限り、俺たちより軽そうだね」
 「何で違いがあんだ」
 「さあ」
 「だ、だよな」
 コンコン、とノック音がなる。最年長がどうぞ、と答える。キィ、と申し訳なさそうに開いたドアだが、誰も入って来ない。
 「あ、あの」
 「ここは従者の部屋だが」
 「みなさん、ライティア家に関係深い人たちですか?」
 「ああ。全員、魔法師に理解がある」
 「よ、よかった」
 小柄な体格の人がようやく通れる程度に口を開けたドアから、一人の少女が入室する。黒髪でおさげをした、アマンダより幼い雰囲気の子である。
 「お体の調子を聞きにきたんですが。エレノオーラ様は」
 「エレノオーラなら少し前に部屋を出たぞ」
 「そ、そうなんですね。どうしよう」
 「何か問題があるのか」
 「問題というか予防というか。魔法を使った検査もしたいんです。耐性がないって聞きましたので」
 「成程。少し待っていてくれれば、俺が呼んで来よう」
 「い、いえいえ。まだ横になっていてください。動くと悪化する人もいるんです。場所を教えてくれませんか」
 「分かった。部屋を出て右にまっすぐ行くと大きな部屋に出る。普段はそこにいるが、もしいなかったら厨房の人に声を掛けてみると良い」
 「ご親切にありがとうございます。少し待っててくださいね」
 ペコ、と、お辞儀する少女。静かに部屋を退出すると、ギルバートが寝返りを打った。
 「ホント寝付きいいね。羨ましい」
 「ずっと緊張状態が続いていたからな。次に備えて休める時に休んだ方が良いだろう」
 「兄貴がいっても、あんまし説得力ないよ」
 「そうか?」
 「ああ。ガキの頃は納得してたけどよ、何だかんだで、いっつも気は休まってねえんじゃねえかって気がする」
 「そんな事はないがな」
 「ならいいんだけどよ」
 「まあ俺たちも大人になったからさ。あの時のように足は引っ張らないよ」
 「俺は一度もお前達のことをそんな風に思ったことはないぞ」
 「わかってるよ。子供だったんだから仕方がないってことぐらい」
 「ならいい。まあ、気持ちは分かる。幼い頃は多分皆そう思うだろう」
 「へえ。あんたにもそういう時期があったんだな。ヘンな感じだぜ」
 コンコン、と再びノック音がなった。アードルフが返事をすると、エレノオーラを伴った少女が入出する。
 「ごめんなさいね。入れ違いになっちゃって」
 「我々は大丈夫だ。忙しいのか」
 「ちょっと連絡が入っただけよ。後で確認できるから気にしないで。ハンナ」
 「はい」
 と、ハンナと呼ばれた少女は、近くのテーブルに荷物を置くと、全体がイカ墨のような色をしている杖を出現させる。
 両手でしっかりと握りながら一番手前にいるギルバートに近づくと、体と水平になるように杖を持って行った。
 杖は黄土色の淡い光を帯びると、一定のリズムを保って点滅する。
 「あらまあ。杖はいつも通りなの」
 「え、ええ」
 「そうよね。まれに見る現象だから驚いたわ」
 と言いながらメモを取るエレノオーラ。ハンナは他の三人の前にも傍で杖を掲げると、アードルフは黄、ヤロはペールオレンジ、イスモはアクアブルーの、それぞれ薄い色に光り、発光タイミングはギルバートに比べると不規則であった。
 「うーん。アードルフはもう少しで回復するわね。ヤロとイスモはもう数日様子見かしら。あくまで魔法の影響の問題だけど」
 「影響なあ。さっぱりわかんねえが」
 「魔法師じゃない人が魔法を受けると、反動で体調が悪くなるの。不良の中身は人それぞれだけど。慣れてないから酷いストレスになっちゃうみたいでね」
 「ふうん。じゃあお嬢様に耐性があるのは、影響を受けてたからってことか」
 「もあるし、あの子の場合は血筋もあるわね」
 「それでグラニータッヒと戦った時にダメージの受け方が違かったのか。納得いったぜ」
 「あの黒い光の影響もそうなんだろうね」
 「そうね。細かいことは見てないから何ともいえないけど、大筋その認識で大丈夫だと思うわ」
 「アマンダ様が目を覚まされないのも、魔法の影響なのか」
 「ええ。ちょっと強く受けすぎちゃったのよ。しばらく眠ったままよ」
 「そうか」
 「貴方が気にする必要はないわよ。逆にいえば、アマンダ以外の人間だったら死んでたし。それに、あの子が自ら選んだ結果なのだし」
 「選んだ? 何をだ」
 アードルフの返しに、エレノオーラは、目を瞑る。
 「誰を生かすか、殺すかを、よ。あれは最も危険な魔道具だから」
 思わず前のめりになった質問者だが、上から押さえつけられたかの如く、体が言うことを利かない。
 「安心して。あの魔道具は消滅したし、アマンダの命も別状ないの。ただ、かなり疲れて眠ってるだけよ」
 「そうか。なら、良いんだが」
 「ごめんなさいね。後は回復を待つだけだから、みんなもゆっくりしてね」
 と口にすると、侍女は少女に目配せをし、部屋を退出する。
 従者の部屋から離れると、
 「エレノオーラ様。あれは封印されたと聞きましたが」
 「ええ。誰かが起こしたのよ。そんな芸当ができるのは限られてる」
 ぎゅっ、と杖を掴むハンナ。その手に別の温もりが添えられる。
 「貴女の一族の責任じゃないわ。誰もそんなこと思ってないから、安心なさい」
 「は、はい」
 「ふふ、そうそう。女の子は笑顔が一番よ」
 お茶にしましょう、とエレノオーラ。ハンナは大きく頷き、しかし沈んだ表情のまま後を着いて行った。

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