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【旅行記】中国郊外の宿で食べた晩ごはん

 その日は桂林から船で川をくだり阳朔に向かっていた。
連日の大雨の影響で水量が増した漓江は茶色く濁り、一層の迫力を増していた。

阳朔に到着

 午後二時のことである。予約していたホテルを探して歩き回っていた。
村の中心部にあり、入り口の前で地元の人たちがお茶を飲みながら談笑しているようなローカル感あふれる小さな宿だ。

チェックインをしようと思ったが、私の名前がないようだ。

「没有你的名字。(あなたの名前がないみたい。)」

困った…。

 予約していたはずのホテルが予約できていないと知り、土地勘のない場所で今から新しい宿を探さないといけないのかとおもうと気が重くなった。

 もう一度ホテルの名前を伝えて確認してもらった。すると私の話を聞いていた若い女性が受付の奥の部屋から現れて私にこう告げた。

「そのホテルならここから30分くらい離れたところにあるわよ。」

 どうやらその宿は親子で運営していて、私が訪れたところは娘さんがやっている宿で、予約していたのはお母さんが運営している方だった。

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宿にて

 その女性にバイクタクシーを手配してもらい、中心部をはなれ、午後三時にようやく宿に到着した。

 宿のまわりは見渡す限り建物は見当たらず、遠くに小さな山、というのだろうか、三角錐の岩山のようなものが連なっている。自然にできたものだろうが、なんとも不思議なその景色をじっと見入っていた。

宿に入ると背筋がピンとしたふくよかで朗らかなおばさんが受付で待っていた。

「娘からあなたのことは聞いてるわ。大変だったわね。ようこそ。」

話が早い。無事チェックインを済ませることができた。

 ここまで乗せてきてくれたバイクタクシーを待たせて、荷物を置いてから周辺の観光をしてまわった。

 観光が終わり午後五時頃に宿に帰ってきた。
受付を通るときおばさんに夜ごはんもどこか行くかと尋ねられたが、桂林に来る前に安徽省の黄山に登山しており、寝台列車での移動疲れもあったので「今夜は疲れたからどこも行かないよ。」と話した。

 それから景色が一望できる部屋で風呂に浸かりゆっくりくつろぎ、気づけば午後九時のことだ。

 すっかり就寝していた私のもとに、突然に部屋の電話が鳴った。何かよからぬことが起こったのかと鼓動が早まった。恐る恐る受話器を取るとフロントからだった。

「お腹すいてる?インスタントラーメンあるけど食べに来る?」

ーー何事もなくてよかった…

 それまで登山、移動で3日間を水とクッキーだけで過ごしていたので正直すごくお腹空いてたけど眠い…
試しに眠気と食欲を天秤にかけてみたが、なんてことはない。迷うことなく一瞬で食欲に軍配が上がり受付に向かった。

受付に着くと、すぐそばのテーブルで10分ほど待機するよう言われた。

ーーなぜインスタントラーメンに10分もかかるんだろう。

 そう思っているうちにおばさんが大きなどんぶりに入れたラーメンを運んできてくれた。よく見ると麺のうえに、溶き卵とトマトが乗っていた。ひと手間もふた手間も加わえてくれていたのだ。

経緯はこうだ。

「あなた中国語もあまりできないし、今日の夜ごはんも食べに行かないと言っていたから、食べてないと思って電話したの。」ということだった。

 卵とトマト。
一見なんともないように聞こえるかもしれないが、三日振りに食べるごはん。そしておばさんの心遣いを目の当たりにして食べるごはんは本当に美味しくて、すごい勢いでラーメンをすすり、最後の一滴までスープを飲み干した。

チェックアウトの日

 ご飯を食べた後、日本から持ってきていたメッセージカードを取り出し、中国人の友達に中国語を教えてもらいながら感謝の気持ちを綴った手紙を書いて、翌朝のチェックアウトの時におばさんに渡した。

 くしゃっとしわを寄せて喜んでくれたあの顔は「この宿にしてよかった」という気持ちにしてくれた。

 会計は現金で払ったのだが、細かい小銭を持ち合わせていなかった。
おばさんも手元におつりがないようだった。

「おつりは大丈夫です。」と伝えたが、それは絶対にダメだといい、裏の部屋から四角形の空き缶を貯金箱にしたような箱の中から小銭を取り出しおつりをくれた。

私は別れを告げ、タクシーで再び中心部へ戻った。

 道中、会計時に水の一本でも買って、おつりを調整すればよかったと反省しながら、宿の出来事を思い返しながらレシートを見ていた。

しっかり手間賃込みで食事代が課金されていた。

ーーそうだよな、サービスな訳ないよな笑


そう思いながら、また次の地に向かうのであった。

おわり

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