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「君の痛みが、わかるから」試し読み

今年の文学フリマ大阪と通販で短編集「ボーイズ・セレナーデ」を頒布する予定です。
こちらの記事は「ボーイズ・セレナーデ」に収録予定の「君の痛みが、わかるから」の試し読み版です。
作業中につき、細部が変わる可能性があります。ご了承ください。

文学フリマ大阪と通販で頒布予定の同人誌の情報は、この記事にまとめています。

「君の痛みが、わかるから」


 ぐるぐるぐる、と視界が回る。まずい。倒れそうだ。
 ふらふら足で歩いていた俺は、急いで道の端に寄って、しゃがみこんだ。地面にスカートの裾がつかないように、と気を払う余裕もなかった。
 おさまれ、おさまれ。
 下腹部が、痛い。どろどろ、と体の奥から液体が染み出す感触が気持ち悪い。
 ……生理なんか、だいっきらいだ!
 鎮痛剤を飲むべきだとわかっているのに、鞄から薬を取り出すのすら辛くて、動けない。
 今日は大丈夫な気がしたからって、鎮痛剤を飲まずに家を出たのが悪かった。
 これから学校なんて、絶対無理だ。休みたいけれど、今週はレポートを毎日出さないといけないし。
 ああ、ほんと最低だ。性交換システムなんて取り入れたお偉いさんを、俺は一生恨む。
 ちらりと、周りをうかがう。みんな、道端でうずくまる女子高生に興味なんてなくて、さっさと歩いていく。
 サラリーマンも、学生も、この国はいつもみんな忙しくて、誰かを気遣う余裕もない。
 特にサラリーマンは、何かに関わって遅れるなんて嫌なんだろう。
 今の時代は、AIと仕事を取り合う時代だ。時間に遅れる人間なんて、真っ先にクビにされてしまう。だから、日本人は以前にもまして時間に厳しくなった。
 学生は学生で、遅刻は成績に響く。最近は大学にも推薦状が必要だ。企業は時間に遅れない人間を求めるから、大学もそういう人材を欲する。よって、大学の推薦状に遅刻回数も書かれてしまう。
 だから、俺を素通りする人間ばかりなわけで。
 俺は遅刻決定だな。自己管理ができてない、で終了してしまう。鎮痛剤を飲めばよかったのに、と教師に言われるオチ。まったく、この世は最低だ。
 つらつら考えている内に、めまいがひどくなってきた。
 これは本気で、倒れるかもしれない。
 体が揺らぐ。危機感を覚えながらも、無理な体勢で支えていた足は俺の体重を支えられるわけもなく。
 もう、いっそ倒れてしまえ。救急車ぐらい呼んでくれるだろ。
 そう思った時、声がかかった。
「君、大丈夫?」
 爽やかな声に、顔をあげる。ぐらついていた俺の手を引き、ぐいっと立ち上がらせてくれる。それでもふらつく俺を、胸に抱き留めて。
「ふらふらだよ。どうしたの?」
「せ、せいり……」
 それだけ言って、俺は昏倒してしまった。

 西暦2100年。男女間の闘争はいっそう激しくなり、各国政府は頭を悩ませていた。
 そこで国連は大胆な提案をする。
 異性の感覚がわかるように、三か月に一回、性交換期間を設けると。
 各国政府は、次々とその提案を受け入れていった。保守的な日本政府は、国民の反対もあり、性交換システムを導入したのは2112年のことだった。
 とある天才科学者の発明によって、人類は一時的に、異性の体になることが可能になったのだ。
 そういうわけで、三か月に一回、薬を飲んで男は女になり、女は男になる。

 授業で習ったことを、夢見心地に思いだしながら、俺は目を開いた。
 薬臭い空気。真っ白なベッドにシーツ。
 ああ、保健室かと納得する。
 性交換システムは、大体二週間だが、男が女になっている時は必ず生理の周期がかぶるように設定されている。
 本当に嫌なシステムだ。特に俺は女性化した時、生理の症状が重い。出血がひどくて貧血になるし、腹は痛いし、機嫌も悪くなる。
 産婦人科に行けば、と母に提案されることもあるが、三か月に一回のことで産婦人科に行くのもなんだか嫌だ。先生に説明するのも嫌だし。
 早く、二十歳になりたい。性交換システムは、十二歳から始まり、二十歳を越えれば終了となる。
 もう女性の辛さも十分わかったし!
 クソといえば、生理というシステムも本当にクソだ。
 俺の周りでは、女子はそこまで性交換システムを嫌がっていない。むしろ三か月に一回は生理期間がなくなるので、嬉しいと言うやつまでいる。
 反対に男子は俺を含め、性交換システムをかなり嫌がっている。生理が軽いやつはそうでもないが。軽いやつでも、毎日ナプキンないしタンポンを変える手間が七面倒くさいと、文句を言っている。
 俺はそれを聞いて、この超ド級の痛みを味わってみろと言いたくなるが、ぐっと我慢する。憐れまれるのは嫌だ。
 ぼーっと考えごとをしていて、俺はハッと気づいた。やばい。トイレ行ってナプキン変えないと。
 ふらつく体でベッドから下りて、ベッドに血がしみていないか確認する。
 よかった、大丈夫だ。お尻を探って、スカートも確認。冷たい感触は、ない。
 ホッとしたが、もうナプキンを変えないと限界だろう。
 トイレに行こう、と思ったところでカタンと物音がした。
「……起きた?」
 保険の先生かと思いきや、見知らぬ男子生徒だった。
 爽やかな声で、俺を抱き留めてくれた人だと思いだす。


【続きは製本版でお楽しみください】

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