見出し画像

孤独とうまく付き合うために:心の整理

人は、歳を取るほどに「成熟」するわけではありません。
「個の時代」長く生きることは、孤独と付き合うこと
早い段階で、心の整理をしておきたいものです。


スーパーの真ん前で


ある日、近所のスーパーの入口の真ん前で、
大声で怒鳴っている高齢男性がいました。
80代くらいです。

20歳そこそこの若いアルバイトらしき女の子に
猛烈な剣幕で、何度も怒鳴っています。
「謝れ!」

女の子、本当に小さくなって何度も何度も
「すみません」
と言っていました。

何があったかはわかりませんが。
でも、お店に勤めている方なら分かると思います。
こういう方、結構いませんか?


お店でも


私がいたお店でも、一定期間ごとに来る男性がいました。

話のきっかけは何でもよい。
言いがかりの様なものです。
少しでも返事をすると言い方が気に入らないと始まり、
そのあとは「何のこと?」という話です。

最後は「社会がわるい」と、まあそんな話。

あと、お店の「会社の社長の知り合い」だと言いに来る人
結構いました。
この「知り合いが偉い人」と、
唐突に言いに来る人の心理って、
ほんとに分からないんですよねー--。

それで??
ですよね?


左側通行だ!


以前犬を連れて川沿いの遊歩道を歩いていたとき。
正面から歩いてきた高齢男性と向かい合ってしまったことがありました。
そうしたら、
「左側通行だ!」
と怒鳴られました。
てこでも動かない!という様子でした。


「ご丁寧に」


一方で、こんなこともありました。
ランニング仲間と街中を走っていたとき
狭い道を私たちが通り過ぎるのを、
カートを引いた高齢の女性が待っていてくれました。
私たちが会釈して通り過ぎようとしたら

「ご丁寧に」
と笑顔を返してくれました。

この違いって何なんでしょうね?


威張る人ほど依存体質


威張るという行為、これ「人に認めさせたい」
承認欲求ですよね。
逆に言えば、依存体質の裏返しです。

「父」
「夫」
「部長(とか役職)」
今までは「威張らせてくれる」人がいた。

もう、子供は「威張らせて」くれない。
妻は「威張らせて」くれるかもしれない。
でも、妻に先立たれでもしたら、威張れない。
退職したら威張る相手はいない。
そして威張る人は、友人が少ない。

家族や権利の上にふんぞり返ることが、もう不可能な時代です。
そして、不満のはけ口を「人のせい」「社会のせい」にする。


孤独と向き合うことは、自分と向き合うこと


高齢になること孤独になっていくことです。
これは良い悪いではなく、事実としてあります。

サザエさん一家のように
「おじいちゃん」「おばあちゃん」
と家族が声をかけてくれたのは、昔の話です。

孤独になっていく中で「自分を認めさせたい」
承認欲求を持ち続けるのは、本当に難儀なことです。

よく高齢者の孤独の話になると、
「社会の問題」みたいに言われますが。
仮に社会の問題だとして、何をどうすれば解決するのかな、、
と思います。

コミュニティセンターでもあれば行きますか?
偏屈な人は行きません。
行ったとしても、回りの迷惑になってしまいます。

この「寂しい」のは「社会のせい」なんでしょうか??
この人の「人間性」なんじゃないの?
と思うわけです。

いままで、一人の人間として生きてきたことがない。
自分の「人間性」に向き合って来なかった

また、結婚していたのであれば、
人とコミュニケーションが出来てもよさそうなものですが、
その機能を果たさずとも、
結婚は継続できた世代です。

こちらにも書きました。

人は、歳をとればとるほど成熟するわけではない
むしろ、「もともとの性格が先鋭化する」と言われます。

「個の時代」に、長く生きる私たちですから。
孤独と上手く付き合っていくことは、避けて通れません。

もう、自分と向き合わないわけには行きません。
50代のうちに、自分を整理しておきたいですね。

これが、精神的な成熟につながると良いですね。

=======================
「50代からの未来をつくる」サービスを展開中
よろしければぽちっとご覧くださいませ。

=======================


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?