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【ファシリテーション #1】価値に到達するか、価値を創造するか

感染対策として1日中家にいるとか言いつつ、それは別にいつものことです。 Anzaki です。

本編は、マガジン『シリーズ1 体験学習とファシリテーター』を書き終えた後に、

「もっとファシリテーションについて考えたい」と思ったので、別マガジンで書くことにしました。

これからは、断片的に、1話完結のファシリテーションについてのことを、ぽつり、ぽつりとお話していくつもりです。

どうぞよろしくお願いします。

で、今回はなんの話かというと、
「価値到達型と価値創造型について」です。

この話は、教育や成長というキーワードと大きく関係していて、
教育や成長の目的によって、「価値到達的なアプローチ」をするか、「価値創造的なアプローチ」をするか、が異なってきます。

それぞれ、文字通りではあるのですが。。。

価値到達型とは、「価値」に「到達」することです

円の面積の求め方、会社の決まりを理解する、包丁の使い方を学ぶ、などは、ある程度価値が限定的です。

こういうの能力を会得して欲しい時は、価値到達的なアプローチをします。

このアプローチの特徴は、「再体験を期待する」ということです。

包丁の使い方であれば、「左手で食材を押さえて、包丁はこうやって握って、まっすぐ切るんだよ」と教えたら、
以後、同じことができるようになれば目的達成です。

価値創造型とは、「価値」を「創造」することです

例えば、「命の大切さを学ぶ」であれば、
「命は大切ですよ!」と教える人はいないと思います。
もしかしたら、両親に自分が産まれたときの話をしてもらうかもしれないですし、
戦争のドキュメンタリー映画を見せるかもしれません。

このアプローチの特徴は、「再体験を期待期待しない」ということです。

何度も自分の産まれた話を聞くわけでもなければ、繰り返し戦争映画を見るわけではなく、

そこで何かを感じ、得た気持ちなどがその人の学びとなり、「命の大切さ」を知って、
自分がを大切にできたり、人のことを思いやれたりするようになるかもしれません。
もしかしたら、戦地への募金に参加する人も出るかもしれませんね。

このように、「命の大切さ」を学んだ後、何を得るかはその人次第、それぞれが、それぞれの価値を創造していきます。

「で、どっちがいいの?」

と、思われる方もいらっしゃると思うんですが、結論、どっちも大事です。

冒頭でも述べたように、「目的によって異なる」のです。

目的地に早く行きたければ新幹線に乗りますが、たくさん寄り道をしてまだ見ぬ発見を求めていたら鈍行に乗ると思います。

それと一緒です。

ただ、そうとわかっていても思うように実践できない2つの落とし穴が存在します。

1. ついつい価値到達的になってしまう

これは、いわゆるティーチャーによくあります。

こっちの方が、時間がかからないし、ハッキリしてます。価値創造に比べると、やり方が分かりやすく、結果も分かりやすい。

そのため、価値創造的なアプローチをしたいのに、ついつい価値到達的になってしまうことがあります。
よくあるのは、「命は大切だから、みんな、周りの友達を大事にね、ケンカしちゃダメだよ」みたいに言ってしまうことです。
これだと、「ケンカしないこと」が目的になってしまっています。

小学校の道徳の授業で、これが起こり、教育を受けている側のぼく自身が、違和感を覚えた記憶があります(この話はまたどこかでします)。

アプローチのたびに、目的に立ち返ることが重要ですね。

2. 価値創造が正しいという言説に陥る

これはファシリテーターによくあります。
「新しい価値が生まれることがいいことだ」「みんな違うのがいいことだ」と思いすぎると、
「価値到達は悪だ!」くらいの気持ちになってしまい、
価値到達のアプローチを避けすぎてしまうことがあります。

極端な例ですが、子どもが激しくケンカしてても、「これも何かの学びに繋がるんだ」と放置してしまうことも。。。

しかし、これで大きな怪我をしてしまっては、学び云々ではなくなってしまいますので、「殴るのはダメ!」と価値到達的にアプローチしないといけない時もあります。

で、、、、

これ、ぼくは凄くおもしろいと思ってるんですね。

なにがおもしろいかというと、「2つの考え方は相対してるけど、2極化されてるわけじゃない」ということです。

コミュニケーションって微妙なさじ加減ができるので、
この価値到達と創造を 100-0 にすることもできるんですが、
その間で微妙なさじ加減を調整したり、状況に応じて行ったり来たりすることができます。

近づいたり、離れたり、
押したり、引いたり、
取りあげたり、委ねたり、



↑こういうタイプの蛇口で、適温を探すような感じで、目的に沿った関わり方を調整します。

それを、誰が誰にやるのか、その関係性によって、全く異なる結果になるでしょう。

それがファシリテーションの難しさであり、面白さであり、価値であり、
時には目的の先にあっさり到達してしまう、「覚醒」する瞬間を生む要因でもあると思っています。

はい。

最後の方は、「なんの話や?」と思う方もいらっしゃるかと思いますが、すみません。
ぼくももっと上手く言語化できるようになっていきたいなと思います。

こんな感じで、ぽつりぽつりと続けていきまーす。

ではまた。

(この話が誰かの何かにつながりますように・・・)

【参考】

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