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【掌編小説】夕闇の日陰者

 太陽が陰ると俺は焦りから布団をもそもそと抜け出す。古いアパートで最低限の暮らしをしていて、仕事を探してはいるけれど、どうせまた続かないだろう。太陽が沈むみたいに抗えない類いの諦めを感じながら布団から抜け出した先の畳を直に肌で感じながら倒れ込む。
 何もしないまま一日が終わっていくのは流石に勿体ないから、適当に外を歩く。子供とすれ違いそうになると、不審者と思われない様に考えるのだけど、そこに意識が回っている事がよくなくて不自然さが逆に際立つ。また今日も変に緊張してしまって、今度は不審者と間違われない様にこちらから先にこの場から逃げる。路地裏に入り足早に突き進む。不審者と間違われない様にと思ったけれど、今の行動パターン丸々、それは不審者そのものだった。
 個人で遣り繰りしているであろう小さなペットショップの前を過ぎようとして、真っ赤な目をした兎と目があった。兎なんてストレスに弱い動物を道路側に並べるのはどうかと思ったけれど、兎の赤い瞳がなんだか俺の心に突き刺さる。飼えないよ? 飼いたいんだけど。だけど、お前が不幸になるから。
 財布の中の十分の一を使って、メロンパンを買った。お腹が膨らむし、味が飽きやすいから全部食べれば逆に何かした感じがした。
 建物から僅かに夕焼けが漏れている。闇は途方もなく大きい。暗闇の中でも何者でもない俺は、日向で何かになれるだろうか? いつか、いつかでいいんだ。きっと、必ずそんなときが来る事を願って。
 気が付くと、日が暮れていた。

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