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木が熟す(6)

平成三十一年四月三十日(火)

 先週は始めてのユーザー訪問から始まり、順調に営業活動を終えることができた。訪問したユーザーは合わせて五社。どの工場も商社である薩摩屋さんと既に取引があり、とても親切だった。会社紹介から製品紹介、技術的な深い話しまで実施することができ、大きな手ごたえを掴むことができた。

 今日は初めて薩摩屋さんにとっても新規のお客さんを訪問することとなった。この工場は中規模の合板工場で、これまで訪問した木材加工工場とは異なる設備を持っている企業だ。

 「アントニオさんとは今週から現地集合ですよね! アイナさんもコンセプシオンの町に慣れてきましたか?」

エレナが訊く。

「そうね、道もかなり覚わったわ。そういえば、コンセプシオンにIZAKAYAさんっていう日本食料理店があるそうなの。明日、メーデーだし、行ってみようと思ってるわ。それに、明日は日本の新しい元号が始まる日でもあるのよ」

 そうなのだ。実は明日、日本は平成から別の元号に変わる。平成に生まれて、平成を一生懸命生きてきた私としては、少し淋しい気もするが、新たな時代の到来に少しわくわくもしていた。時差の関係でもう日本は五月一日なのだが、私は明日、時代の到来を喜びたいと思っている。

 「アントニオさん、今日もよろしくお願いします。」

お客さんの工場に到着するとアントニオさんは既に着いていた。

「この工場は合板工場だからね、しっかり千代刃物の製品を売り込まなきゃいけないね!」

アントニオさんも気合十分だ。

技術の担当者はロベルトさんといった。四十代後半くらいの細身の男性だ。

 先週営業で回ったお客さんで実施したように、千代刃物の説明を行う。千代刃物の歴史、技術力などを丁寧に説明する。説明しながらパンフレットを手渡した。しかし、その時だった。

「ふーん、千代刃物さんね… 聞いた事ないな。本当に品質大丈夫? 日本の企業って行ってるけど、アジアのほかの国で作っているんでしょ? うちの工場はドイツ製のブランドを使ってるけど、それより良い結果出せるの?」

突然の強い言葉だった。

「あ、いや、千代刃物は品質を大切にしている会社で… 製品も日本製ですし…御社でもきっと優位性を感じていただけると思います。」

何とか返答したが声が震える。

「品質重視って行ってもチリで実績無いんだよね? チリ以外の世界の国では実績あるの? フィンランドやスウェーデンは? アメリカは? 木工業が盛んな地域ではシェア取れてるの?」

「あの、、、ブラジルで少し販売していて… えっと…あの…」

「現在、チリ市場では一社に正式に丸鋸を納品しておりまして、現在五社との取引開始に向けて商談を進めているところですよ。先週はサンドラさんの会社にも足を運んで、千代刃物の高い技術力と、薩摩屋のサービス品質についても高評価を貰ったところなんです。」

アントニオさんがすかさず助け舟を出してくれた。毅然とした態度で、それでいて物腰柔らかに話す姿に自分との差を感じる。

-ああ、私、全然だめだ…先週みんなが好意的に接してくれたのは、思ってみれば薩摩屋さんへの信用があったからだ。なのに私は…-

 それから先のことは覚えていない。工場を見せてもらったということは私の訪問メモを見て分かったのだが、ずっと心ここにあらずの状態だった。チリに来て初めて実感した千代刃物の知名度の無さ、自分の営業力の無さ、そして不甲斐なさ…

 気づいたら家に着いていた。これまで経験したことが無い疲れに、ソファーで横になる。今日はもう疲れたな。明日お休みだし、もう寝よう。

 平成最後の日は私にとって忘れることができない一日となった。


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