アンティーク

日英西葡の4ヶ国語話者。働きながら経営学修士修了。中南米を仕事で飛び回る5年間を送り2…

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日英西葡の4ヶ国語話者。働きながら経営学修士修了。中南米を仕事で飛び回る5年間を送り27歳からメキシコ駐在。33カ国100都市以上を一人旅。豪、西、仏、英、伯、墨に居住歴有。美術館に1日居られる美術好き。好きな作家は原田マハ、貴志祐介、中野京子、阿刀田高。

最近の記事

木が熟す(7)

令和元年五月一日(水) 令和元年初日の五月一日はメーデーで休日。コンセプシオンのIZAKAYAという和食屋に新しい時代の到来をお祝いしに来ていた。 から揚げと枝豆をおつまみにチリワインを飲む。せっかくチリにいるのだから、ビールよりもチリワインやピスコサワーを飲むことにしている。 お酒を飲んでいると、昨日のユーザー訪問で担当者はロベルトさんに言われた言葉が耳にこだまする。 「ふーん、千代刃物さんね… 聞いた事ないな。本当に品質大丈夫?」 入社三年目、技術職として入社し

    • 木が熟す(6)

      平成三十一年四月三十日(火)  先週は始めてのユーザー訪問から始まり、順調に営業活動を終えることができた。訪問したユーザーは合わせて五社。どの工場も商社である薩摩屋さんと既に取引があり、とても親切だった。会社紹介から製品紹介、技術的な深い話しまで実施することができ、大きな手ごたえを掴むことができた。  今日は初めて薩摩屋さんにとっても新規のお客さんを訪問することとなった。この工場は中規模の合板工場で、これまで訪問した木材加工工場とは異なる設備を持っている企業だ。  「ア

      • 兄と僕

        「兄は常に弟の先を行ってなければならない」 僕には兄がいる。6歳離れた自慢の兄だ。僕ができることは兄もできる。兄ができることでも僕ができないこともある。 ずっと昔、兄に聞いたことがある。 「お兄ちゃん、なんでお兄ちゃんは何でもできるの?」 兄は言った。まるでどこかのマンガのセリフのような言葉だった。 僕はずっと兄の後ろを追うように過ごしてきた。同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学校。 高校受験のとき、兄に聞いた。お兄ちゃん、何高校受ければいい?  俺と同じ高校にしな

        • 木が熟す(5)

          平成三十一年四月二十二日(月) 先週、必要な展示品とパンフレットの日本への発注が終わり、今週はいよいよユーザー訪問だ。  十時半にアントニオさんがやってきた。アントニオさんは上司が日系人だからか、時間をきっちり守る方のようだ。チリ人に限らず、メキシコ以南のラテン系の人々は時間にルーズなところがあるとエレナから聞いていた。特に飲み会などは1-2時間遅れてくるのが普通だし、仕事でも工場入場時にはかなり待たされる覚悟が必要だという。 「ブエノスディアス、セニョリータ・アイナ!

        木が熟す(7)

          木が熟す(4)

          平成三十一年四月十七日(水)  アントニオさんとの会議後、今週の仕事を六月に行われる展示会の準備に決めた。  通常、展示会の準備は、展示会主催者にブースの大きさと場所を予約、ブースのデザインを専門企業と打ち合わせ、本番必要な照明・机・椅子などの予約、展示品の準備、と進めていく。しかし、今回は薩摩屋さんのブースに製品を置いてもらうだけなので、会場のブースのことは考えず、製品選定と輸入業務だけで良かった。  「エレナ、打ち合わせどおり、日本にはベニヤピーリングナイフ150c

          木が熟す(4)

          木が熟す(3)

          3 平成三十一年四月十六日(火)  オフィスに来たアントニオさんは、大柄で少しふくよかな四十台前半位の、笑顔が可愛らしい男性であった。目は緑で色素が薄めの肌をしていた。159cmという日本人の標準的な身長である私は、立っているアントニオさんを見上げる形となっていた。アントニオさんは185cmくらいはあるだろうか。何処と無く「熊さん」のような雰囲気だ。  早速熊さん、いや、アントニオさんを共同会議室に招きいれ、千代刃物からは私とエレナの二人が参加した。と言っても、全社員が二

          木が熟す(3)

          木が熟す(2)

          2 平成三十一年四月十二日(金)  今日は私がチリに来て初めての売上の日。実はこのお客さんからの受注は四ヶ月前のことだった。私が着任して二ヶ月目、まだまだ沢山の手続きに追われて、営業活動などできていなかった中、ブラジルのお客さんからの紹介ということで、オフィスに電話がかかってきたのだ。  千代刃物は福岡を中心に主に九州で仕事をしているが、海外にもお客さんがいる。海外のお客さんは基本的に商社へ販売し、ユーザーとの直接的な連絡は行っていないのだが、その数少ない海外商社の一つがブ

          木が熟す(2)

          木が熟す(1)

          平成三十年三月 「チリに出向してくれないか」  一年前、突然通知された海外赴任の辞令を承諾してからは早かった。思いがけなく訪れた人生の転機。頭の中を駆け巡る不安や疑問、そんなもやもやした感情を押し殺して、私は一年後、単身南米のチリへと渡った。 平成三十一年四月十日(水) チリは世界一の銅の産出国で、チリ北部、ペルーとの国境付近は鉱業で栄えている。だからといって私も銅の関係で出向するのかというとそうではない。実はチリ中南部には広大な植林地が広がっており、ラジアタパインと呼

          木が熟す(1)