兄と僕
「兄は常に弟の先を行ってなければならない」
僕には兄がいる。6歳離れた自慢の兄だ。僕ができることは兄もできる。兄ができることでも僕ができないこともある。
ずっと昔、兄に聞いたことがある。
「お兄ちゃん、なんでお兄ちゃんは何でもできるの?」
兄は言った。まるでどこかのマンガのセリフのような言葉だった。
僕はずっと兄の後ろを追うように過ごしてきた。同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学校。
高校受験のとき、兄に聞いた。お兄ちゃん、何高校受ければいい?
俺と同じ高校にしなよ。受験勉強、教えてあげるから。
兄は大学三年生になる年だから、受検のことなんか覚えてないかもしれないけど、僕は兄の声を聞いて、兄の後ろをついていくことにした。
「お母さん、高校、合格したよ!お兄ちゃんのおかげだ!」
高校を合格した時、そう報告した。もちろん、僕の努力もちょっとだけあったんだけど。
高校生活も選択の連続だった。部活は何にするか、芸術選択は音楽か、美術か、書道か。文理選択はどうするか。勉強する教科はどうするか。
俺とおんなじ選択にしなよ。兄の声を聞く。
よし、そしたらサッカー部に入る。
それなら音楽を選択する。
やっぱり文系にする。
お兄ちゃんと同じ大学の同じ学部に入る。
僕はどこに行っても「弟君」と呼ばれた。それが誇らしかった。だって僕はお兄ちゃんの弟だ。
「弟は常に兄の後ろをついて行くものなんだ。」
僕は誰がどう見ても弟の鑑だ。
大学受験のとき、兄と同じ大学の同じ学部を志望した。一生懸命勉強した。大丈夫、だっていつでもお兄ちゃんが教えてくれるから。
高校三年の冬、合格通知を受け取った時は泣くほど嬉しかった。やった!お兄ちゃんと同じ大学に入れた!母さん!合格したよ!
合格発表の1週間後、僕は18歳の誕生日を迎えた。大学合格のお祝いと、誕生日のお祝いをいっぺんにやった。
お兄ちゃん、大学、合格した。一人暮らしがいいかな?サークルは何がいいかな?楽しいこと、あるかな? 沢山いろんなことを聞いた。
でも兄の声が聞こえない。
「大学合格おめでとう。」
母が言う。
「お兄ちゃんに報告しなさい。お兄ちゃんの志望した大学、合格したよって。お兄ちゃん、喜ぶわ。」
そうか。僕は越えたんだ。兄の歳。
兄が入りたくて沢山勉強して、入れなかった大学。受験に向かう途中だった。
僕は泣いた。心のそこから泣いた。泣いて泣いて泣いて泣いた。兄が居なくなって初めて泣いた。もう兄の声は聞こえない。だって僕のほうがもう年上だから。
お兄ちゃん、今日から僕のほうが年上だよ。今までお兄ちゃんとして前を歩いてきてくれてありがとう。これからは僕が前を行く。
だから、安心してついてきて。
兄は常に弟の先を行ってなければならないから。
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