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二つの視点のラブソング「ブランコ乗りとキーホルダー」

この曲は、初めて詞が先行し、それに助川久美子が後から曲をつけた作品である。詞から曲へというバトンリレーの作品は、後にも先にもこの曲だけだ。そのせいだろうか、かなり言葉数の多い詞になっている。シンプルなメロディを旨とする助川にとっては、この詞に曲をつけるのはチャレンジだったようだ。
私が彼女からメロディをもらうと、たちどころに言葉が出てくるが、彼女にとって言葉からメロディを紡ぎ出すのは難産のようだ。サビの部分のメロディはすぐに浮かんだようだが、Aメロ・Bメロ・Cメロと展開していくのに苦労していた。

助川はこの曲を「哲学的ラブソング」と呼ぶ。
なぜ哲学的に聴こえるかというと、おそらくこの詞が、少しニュアンスの異なる二つの視点からの「愛」を描いているからだろう。
実はこの詞のモチーフは、助川と出会うずっと以前から、すでに私の頭の中にあった。「キーホルダー」というイメージは、20代前半の頃にすでに私の頭に浮かんでいた。
ラブソングというと、男性目線か女性目線かで、描き方が分かれるだろう。この曲は男性目線だが、主人公はむしろ女性の方だ。概して、若い男女の恋愛においては、女性の方が相手の男性から自立(卒業)する、というかたちで終焉を迎えたりする。つまり男性の方が「奥手」なのだ。
男性は、ある日突然彼女が出て行って、初めて自分の未熟さに気づいたりする。手元に部屋のカギが残る。まだ未練のある男性は、それを眺めて、強がりもいくぶん含め、「ボクはこのカギを彼女から預かっているのだ」などと思ったりする。
恋愛においては、女性はカギを捨てる側、男性はそのカギを預かる側、といったイメージである。では、このカギは何を「開け閉め」するものなのだろう。これが最初のモチーフだ。

もうひとつのモチーフは、父親が娘に注ぐ愛だ。
おそらく世の父親同様、私も結婚して息子と娘を授かったとき感じたものだ、息子は自分の分身で、娘はひたすら愛を注ぐ対象・・・。
公園でブランコに乗る子どもにせがまれるまま背中を押して漕ぐのを手伝ってやると、こうして父親は子どもの成長を後押しすることで、結局のところ子どもが自立して自分の元を去って行くのを促しているのだ。そんな複雑な感情にとらわれる。娘の場合はことさらにそれを感じる。いつか手放すために愛情を注ぐ・・・。
これは母親も同様だろうが、子育ての真っ最中には、とにかく無我夢中で、子どもが自立すると、親は寂しさも抱えつつ、第二の人生を歩み始める。

男女と親子という、一見異なる関係性のように感じるこの二つのラブストーリーは、「相手の成長を支援することで自分も成長し、結果としてそれが別れにつながる」という点で一致しているかもしれない。しかし、男女の恋愛も親子の情愛も、別れによって関係が切れるのではなく、ただ関係性が変化する、ととらえることもできる。

この作品では、「キーホルダー」と「ブランコ乗り」を別々に描いてはいない。たとえば、1番の歌詞では「キーホルダー」を、2番の歌詞では「ブランコ乗り」を描く、というかたちにはなっていない。二つのイメージを行ったり来たりしている。結局この二つは根っこが同じだからだ。
私が若い頃から抱いてきた「キーホルダー」のイメージと、子どもができてからの「ブランコ乗り」のイメージは、約二十年の時を隔てて、この作品の中で一つになった。
男女の縁から親子の縁に至るまで、二つのやや異なる愛情生活を混然一体とすることで、結局この作品は人間のライフサイクル全般を描いている。

私にとっては、けっこう思い入れの深い作品だが、助川はこの曲を滅多に人前で歌わない。ここにご紹介するのは、貴重な宅録テイクである。

「ブランコ乗りとキーホルダー」

引き出しにカギを残して 新しいトキメキを求めて
君が出て行ったあの日から ぼくは君のキーホルダー
君はパンドラの箱にカギをかけ ぼくにそれを預けた
でも忘れないでおくれ カギは閉めもするし 開けもすることを
そして時々思い出しておくれ 二人がこの世に生まれたわけを

君が立ちすくんだとき ぼくはそっと背中を押した
君が振り向いたら 笑顔でこの手に君を引き寄せた
ブランコの乗り手とこぎ手のように
ぼくが君にあげたもの ぼくが君から奪ったもの
それが君の言う「冷たい自由」か
だけど自由とは手編みのニットさ ほどけば一本の糸に戻る

ブランコに乗った君はもう 一人でこげるようになったんだね
ならばぼくもこぎ始めよう ぼくは君のキーホルダー
君の胸がまだつぼみの頃から それは決められていた
この出会いと別れを ぼくはわかっていた
二人が勝手に 気ままにこいで揺れが合わなくても
ぶら下がっている軸は同じさ
気ままにこいで揺れが合わなくても ぶら下がっている軸は同じさ

そして時々思い出しておくれ 二人がこの世に生まれたわけを

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