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Drive me Higher 04:連れて


ダークブラウンのフローリングの上に、

無垢材らしいシンプルなローテーブルとベッドが置かれた部屋。

あとは、小さなパソコンデスクの上に、iPodをつなげるBOSEのスピーカー。

壁に取り付けられた自転車を引っかけるフックが不気味に光る。


残りは大きなクローゼットに全部入ってるのか……。

最近の男子の部屋ってこんな感じ? 

いかにもおしゃれファッション誌に出てきそう。


でも、人間のニオイがしない部屋。

流れるのは、ベートーベンの「悲愴」。

ピアノじゃなくてバイオリンの。

前に働いていたエステの店で流してたCDかも……ベタだけど沁みる。


「ビールでいい?」 下の階に行っていたジョージが、

350ml缶のハイネケンをふたつ持って上がって来た。

プルトップを開けると一瞬時間が止まる。

昔、クラブに行くとよく飲んだ味。


「ごめんね、殺風景な部屋で」

「ううん、なんかファッション誌みたいだね」

「そんなことないし……アカリさん、クサとか吸う? ハッパ」


さすが世田谷のボンボン。

お約束すぎて、ちょっと笑える。


「あんた、ここ実家でしょ?」

「ああ、オヤジにクスリは家でやれって言われてんだよね」

「どんな家よ」

「そういう家なんだよ。オヤジがなんでも仕入れてくれる」

「信じらんない……」

「あ、でもシャブだけはやめろって言われてるけどね」

「……とりあえず、私はいいや」

「あ、そ……」


ジョージは、慣れた手つきでマリファナの葉をもみほぐし、

RIZLAのペーパーで巻いて、火をつけた。

ふわりと漂う碧い芝生のような尖ったアロマ。

その後に甘ったるい余韻が残る。


きっと“上物"なのだろう。


20代の頃、バリ島やタイのパンガン島に行って、

ボロボロのコテージに泊まったことを思い出す。

レイドバックな風景とあの匂いはセットだった。


「ねぇ、やっぱりひと口だけちょうだい」

「えーどうしよっかな……いいよ」


吸い口をこちらに向けて、流れるようにマリファナを手渡してくれる右手。

細い指先の美しさに見とれてしまう。


「なんか、なつかしい匂い」

「アカリさん、不良だなぁ」

「あたしなんて、ほとんど吸ったことないよ」

「そーなんだ」


メランコリックってどういう意味なんだろ。

そんな気分。

しばしの沈黙。

流れるのはショパンの「別れの曲」。


「なんか恥ずかしいな……」

「え、ちょっと……」

「男のオナニーって見たことある?」

「……あるわけないでしょ」

「ならよかった」

「どういうこと?」

「いや、オレのオナニーってちょっと変わってるから」

「え……」

「………」

「コワいのとか、やめてね」

「どんなのだよ、それ」

「………」


部屋にトロリとした時間が流れる。

ここはいったいどこだろう?

ふと、ジョージの腕も脚もキレイにムダ毛が処理してあることに気づく。

ツルツル男子。 思わず手が伸びそうになる。


オレのオナニー、変わってるから……。


どこでもいい。 このまま連れていってほしい。


危険かもしれない。


でも、私にはしんちゃんがついてる。



(つづく)

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