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スペクタクルとしての衣服

 視覚的に見られる対象として振る舞う表層としての衣服は、衣装の名前をジャンルの名前にした「古代ローマ演劇」のなかでも重要な役割を担ってきた。この演劇ジャンルとは、古代ローマ人がパリアタと呼ばれるギリシア風の衣装を着用して行われる喜劇「パリアタ劇(fabula palliata)」※1である 。この形式の演劇では、衣装が物語のコードに対応しており、衣装によって制限された身ぶりのコードにも対応しているものだった。登場人物のタイプは衣装の分類によって設定されていることをあらかじめ認識されており、観客はその衣装を着た俳優がどんな性格を演じるかがわかるようになっていた。衣装の長さが市民か奴隷かの判断を決定し、例えば短い丈の衣装を着た奴隷の役はよく動き回ることができるので、大きな身振りが可能となる。つまりパリアタ劇を観ることは、衣装によって役柄が決められた舞台を観ることであり、動きのコードを規定する衣装を使った踊りを観ることであった 。※2

 そしてこのパリアタ劇は、ローマの俳優がギリシア風の衣装を着ているメタ・シアター的な演劇である。このメタ・シアター的性質は、ローマ喜劇の劇中において衣装をどのように呼称していたかによっても確認することができる。舞台上で俳優の衣装を指す言葉は「オルナメンタ(ornamenta)」、登場人物が着ている衣服を指す言葉を「オルナテゥス(ornatus)」というように、二つの言葉が使い分けられていた。例えば相手役の衣装を褒める際に「オルナメンタ」という語彙を俳優が使用するとき、観客はこの場面がスペクタクルであることを唐突に再認し、舞台上の演劇の設定から現実に引き戻される。俳優の衣装と、登場人物が着ている衣服は、物質的には全く同じものである。しかし、俳優が着ている衣装を認識させるメタ演劇的方法は、演劇空間と現実との距離の認識を作り出すと同時に、その人物が着用している衣装が実生活で着られている衣服ではないことを喚起させ、衣装が役柄と演劇空間を創出していることを気づかせるのである。

 ハンス・ベルティング(Hans Belting, 1935- )は、ヘムルート・プレスナー(Helmuth Plessner, 1892-1985)が「俳優を『人間存在がイメージに制約されていること』を示す典型例」であり、「与えられた役においてあらかじめ「構想されたイメージ」を体現するという」と言及していることを示し、衣服と「イメージ」・「メディア」・「身体」の関係について、以下のように書いている。

〔……〕人間像(イメージ)に現れているのはいうまでもなく身体であるが、それは身体が時々アクチュアルな人間の理念を体現するからで、身体表現のもっとも重要な意味はその体現化にある。ところが、それはわれわれ自身が身体において行っていることでもある。というのも、われわれは身体を何らかのイメージで演出しているからだ。身体はその際、単なるメディアでしかないが、この与えられた役割を果たすことが重要であり、演出したイメージが身体の特徴を反映しているか否かは問題とならない。たとえば仮面や衣装が身体を覆い隠すのは、身体だけでは示すことができないものを当の身体において示すためであり、身体は仮面や衣装によってイメージとなるからである。※3

 ここでは衣服は、「身体」という「メディア」の表面で、「身体」という「イメージ」を出現させる「メディア」であるという入れ子の構造になっている。モードの性質としての「見られる身体」を作り出す装置と同様、衣服は自己演出のための表層として、身体をスペクタクル化するものとして、古代より視覚的な視座が重視されていたのである。


※1 パリアタ劇と同じように古代ローマ人が同時代のローマの長衣トーガを着用して行われる「トガタ劇」というジャンルも存在した。(ピエール・グリマル『古代ギリシア・ローマ演劇』小苅米晛訳、東京:白水社、1979年。)
※2 ピエール・ルテシエ氏講演会「古代ローマ喜劇における身体と衣装」(日時:2016年5月12日(木)18:30-20:00、場所:学習院大学 中央教育棟303教室、言語:フランス語(通訳:横山義志)、主催:学習院大学人文科学研究科身体表象文化学専攻、共催:学習院大学文学会)(2016年12月13日、同大学にて講演会記録ビデオ閲覧)
※3 ハンス・ベルティング『イメージ人類学』仲間裕子訳、東京:平凡社、2014年、129頁。

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