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主人公が顔を上げるまで、人物を掘り下げる|いとうみく(児童文学作家)【前編】AnoMartsインタビューvol.5


いとうさんの作品には様々な形の家族が登場します。
ご本人も読者から、家族のお話が多いですねと度々言われるそう。
その家族の形は、両親が亡くなっていたり、離婚していたり、決して幸せとは言えない家族も多い。だけど、登場人物達はそれに負けず前を向こうとする。
それはきっといとうさんが子ども達の力を心底信じているからなのでしょう。
だから読者は主人公と一緒に、いとうさんと一緒に物語の中を走って頑張れ!
と応援したい気持ちになるのだと思います。
そんないとうみくさんの作品作りの背景にはどんなものがあるのか?
お話をお聞きしました。
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人物に寄り添いながら、結末は書きながら模索する

●作家になるきっかけはどういうものだったのでしょうか?

 もともと書く事が好きでライターをやっていたんですが、児童書と出会ったのは子どもが生まれてから。生後半年から保育園に預けていたので、子どもと過ごす時間がとても少なかったんです。それで始めたのが夜寝る前の読み聞かせです。
 児童書ってすごく文章が短いし、言葉も優しいじゃないですか。それで、そのうち私でも書けるんじゃない?って勘違いをして(笑)
 書いたものを息子に読み聞かせをすると、すごい面白い!って喜んでくれて。嬉しくなってまた書いてを繰り返して、調子に乗って出版社に持ち込んでみたんですけど全然ダメ。どうしようかなと思っていた時に、同人誌を知りました。同人誌に入ればなんとかなるかもとなぜかそんな風に思いこんで、ネットで見つけた“季節風”に入れてもらったんです。

●同人誌ではどんな活動をするんですか?

 作品を書いて投稿するんです。でも投稿しても最初の頃はぜんぜん掲載されなくて。ただ不掲載でも編集委員が投稿作品評を書いてくれるんです。それを繰り返しくり返し読みました。で、1年くらいたったときに、はっ!と気づいたんです。これまで私は一生懸命“ストーリーを作っていた”。でもそうじゃなくて、物語は“人”を書くことだって。それを意識して書くようになって一番最初に載せてもらったのが『かあちゃん取扱説明書』の原型になる作品でした。次に「糸子の体重計」を掲載していただいて、それがデビュー作に繋がりました。


『糸子の体重計』(童心社) 佐藤 真紀子・絵 
『ちいさな宇宙の扉のまえで』(童心社) 佐藤 真紀子・絵
◾︎あらすじ 小五の細川糸子はあることがきっかけで食べる事が大好きなのにダイエットをすることになった。そんな糸子のダイエットをめぐり、クールでバレエをやっている町田さん、町田さんに憧れる坂巻さん、大柄な高峰さん、いつも元気で糸子とじゃれあう滝島くん。それぞれの視点で、悩みや不安や友情が描かれていく。一人一人の子ども達を応援して、声をかけてあげたくなるような群像劇。


主人公が必ずラストには顔を上げるように

●『糸子の体重計』を書こうと思ったきっかけは何かあったんでしょうか?

 『糸子の体重計』はスポ根モノを書きたいな、というところからスタートしました。ただ、普通にスポーツを書くのもどうかな…と思って。そんな時ダイエットも真剣にやったらスポ根のようになれるかなと思いました。うまくいかないとか、チャレンジしても結果が出ないとか、三日坊主になったり、人間のダメさ加減みたいな、そういうのをダイエットでやってみたかったんです。季節風に投稿すると、作家のあさのあつこさんが作品評を書いてくださって、とても面白かったと褒めてくださいました。ただ周囲の人に気配りがもっと必要だと。つまり人をちゃんと書きなさいとおっしゃっていたと思うんです。
 で、もう単純に周りへの気配りが必要なら、一人一人を主人公にして書けばいいじゃんって(笑)まず町田良子を主人公にして書きました。スタイルがよくて容姿端麗で。糸子と真逆のキャラクターを書くのは面白いと思って。次はダイエットのきっかけにもなった高峯さんという大柄な女の子。この子はどうなんだろう?という感じです。
 私の書き方は、まず私にとって興味深い人物がいて、書きながらストーリーを作っていくというかたちです。結末も全然決まってない。人物が立ちあがってくれば、そこから人物に寄りそうように書いていきます。

●主人公だけじゃなくクラスのみんなの視点で進んでいくのが面白いですよね。どうやって終わるかは書き進めてみないとわからないんですか?

 そうなんです。ただ、どの作品にも共通しているのは、主人公が必ずラストには顔を上げることができること。そこを目指して書くわけです。それは低学年向けであっても、YA(ヤングアダルト)※であっても変わりません。

作者のカケラが人物のどこかに入っている

●子ども達の気持ちをすごくリアルに感じます。それぞれの子どもが自分の分身的なところもあるんでしょうか?

 私はけっこう、子供の頃のことを覚えているんです。なのでそうした思い出であるとか、息子の成長や友達関係を見ていたりして、そういうものが多少ヒントにはなっていると思います。
 『糸子の体重計』に関しては、私の中の憧れであったり、嫌だなと思ったことなど、たぶん5人の子ども達のどこかしらに私の要素が入っています。
 まったくの他人を書いても、作者のカケラが必ずどこかに入っている。書き手の重ねてきたものや、考え方。そういういろんな面が人物に自然と入っていると思います。

●糸子の体重計でいうと、糸子が真ん中にいてその周りの子供達が悩みを抱えている。糸子以外の子が毎回主人公になって語っていく。そういう構成ってあまりないような気がします。

 そうですか?糸子って人と人をつなぐ「糸」という意味をもった名前なんです。…って実は最初はそんなこと意識してはいませんでした(笑)私は単純にぽっちゃりした女の子が“名は体を表す”の逆バージョンで、細川糸子とつけたんです。いい加減ですよね。でも、それが糸子を描いていくうちに、人と人をつなぐ「糸」の糸子なんだと変わっていった。
 そういう自分でも想像していないことが生まれてくるのが、書いていて面白いんです(笑)
 糸子は単純な子なんですよね。単純だけれども一つの事に必死に向き合おうとする。楽天性もあるし、周りにあまり流されない、そういう女の子。自分をちゃんと持っていて。それが細川糸子という人間の魅力なんだと思うんです。

●滝島くんをいつも応援したくなっちゃいます。お父さんがいなくて、お母さんも夜に働いていたり、複雑な家庭ですよね。

 人って表面だけでは分からないことがあって、他人には見えないけれど一人一人大なり小なり抱えているものがある。滝島くんの物語はそういう所をストレートに書いています。『車夫』や『空へ』などもそうなんですが、男の子が頑張るのが好きなんだと思うんですよ(笑)弱い面もなさけないところもいっぱいあるんだけど、いざとなったらこの子達強いんじゃない?とか。期待感があるかもしれない。

子ども達の悩みはそうそう変わらない

●続編では新しいキャラクターとして登場するのは日野恵さんです。転校を繰り返していて、その度にキャラを演じて友達と仲良くなったりしています。そういうのは最近の子供の傾向なんでしょうか。SNSなどの影響などもあったり。

 たしかに今はSNSがあったりとか、新型コロナウィルスが流行したり、社会はいろいろ変わっています。ですから変化はもちろんある。けど、変わらない部分もたくさんあると思っています。例えば、友達との関係性だったり、自分のアイデンティティの問題だったり…そういう悩みは私達のころからあったと思うんですよね。
 日野さんのように、友達を作らなくちゃ…とあらぬ方向にもがきまくって衝突したり、浮いてしまったり。そんなことは、今も昔もあることです。日野恵の物語はみんなが抱えている悩みをちょっとオーバーにわかりやすく書いているんです。逆にそれに当てはまらない糸子は珍しいタイプなんですよね。

●坂巻さんが、リーダー的存在の町田さんに媚びているような感じだったんですけど、それが憧れというよりも女性が好きという感情を続編でははっきりさせていますよね。

 実際の坂巻さんはそうなのか、私はわからないと思っています。小学生とか中学生くらいって異性のような感じで好きと思っていても、本当にそうなのか分からなくて。友達を取られたくないとか、町田さんにとって自分が一番の存在でいたいとか、好きという気持ちが、どういう好きなのか坂巻さん自身はまだ本当のところはわかっていない。中学生、高校生になったとき、同性ではなく異性の人を好きになるかもしれない。それはわからないと思っています。


ブラインドマラソンの二人の関係を知りたいと思った


『朔と新』(講談社) 
◼︎あらすじ ブラインドマラソンを走る兄弟。兄の朔(さく)は事故で視力を失った。自分に責任があると思い込んでいる弟の新(あき)は長距離で注目を浴びていた陸上部をやめてしまう。そんな時兄からブラインドマラソンの伴走者になってほしいと打ち明けられ、複雑な想いや葛藤を抱えながら二人はロープを握り走り始める。
『車夫』(小峰書店) 
◼︎あらすじ 家庭の事情で高校を中退し、打ち込んでいた陸上部も辞めてしまう。そんな時、陸上部のOB前平さんに人力車の引き手、車夫にならないかと誘われる。浅草の「力車屋」に世話になるが、そこで出会うユニークな先輩や優しいおかみさんなど、たくさんの個性に触れるうちに少しづつ走は成長していく。


●『車夫』『朔と新』ですが、これらの物語は連作ではないですが、登場人物がクロスオーバーしていて、読者としては嬉しくなりますよね。ブラインドマラソンを描こうと思ったのはどうしてですか?

 10年くらい前に、新聞にブラインドマラソンでロープを握って走る手のアップの写真が載っていたんです。記事としては小さかったのですが。写真を見た時にこの二人の関係性に興味が湧きました。
 というのは盲目のランナーのガイドとして一緒に走る伴走者という存在は、互いにその人への絶対的な信頼がないと走ることはできないと思うんです。それは普通のコーチとの関係とも違うし、単にサポートするわけでもない。その関係性を知りたいなと。ただその時は、肝心の人物像が立ち上がっていなかったんです。それで新聞を切り抜いておいて、いつか書きたいなと思っていました。
 5年後くらいに、ふと「兄弟」というキーワードが出てきたんです。どちらかに視覚障害があって兄弟で走る。で、なぜ兄弟で走るのか…それには何かが理由があるんだろう。発想を逆回転させるようにして、人物像を考えていくわけです。

●なるほど、逆から発想していくんですね。

 はい。このときはお兄ちゃんがけっこうしっかりしているという人物像があって、それなら弟が伴走する形のほうがいいなと。その場合、伴走者は選手よりも走力が必要なので、弟は陸上をやっている…と。
 それで、じゃあどうして兄が視覚障害を負って、陸上をやっていた弟が伴走することになったのか?そこになにがあったんだろう。そういったことを固めて書きだすんです。
 なぜこういう子なのか理由づけをしていくと、大まかなんですけどその子たちの生活や家族構成、それまでの背景が浮かんでくるんです。そして、少しづつ固まってきて、そこから掘り下げて書いていきます。

登場人物の成長を一緒に感じる

●ブラインドマラソンは取材などは行かれたんですか?

 ブラインドマラソンの練習会に参加させてもらって、お話を聞かせてもらったり。あとは盲学校に取材させてもらって、杖のつき方など、見えないってどういうことなんだろうとか、ド素人の質問からさせてもらいました。あとは、眼科医の先生に確認してもらったり。駅のホームの人混みが迫ってくるのが怖いという描写では、新宿駅で自分でやってみました。目を閉じて、見えないとどんな感じなんだろうとか。

●『車夫』の吉瀬走君が登場するのが読者としては嬉しかったんですが、登場させようと思ったのはどうしてですか?

 『朔と新』を書いている時に『車夫3』もほとんど同時期くらいに書いていたんです。吉瀬走という青年が車夫からもう一つ扉を開いていくにはなにをするんだろう…とずっと考えていました。そんな時『朔と新』を書き始めたんです。そしたら走くん、ブラインドマラソンの伴走がいいかも!って。
 走くんは、高校の部活では陸上の長距離のランナーでした。それが、家族の問題で生きていくために走る“車夫”になった。そこから誰かと繋がったり、誰かの役にたったり。生きていくために走るというところからもう一歩先に進んでいくとき、同じ「走る」でも意味が変わっていく。
 走くんは『朔と新』の方ではとても爽やか青年の感じに写ると思うんです。一緒に走っている中できっと彼が得るものがいっぱいあって、彼も成長しているんです。

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プロフィール
神奈川県生まれ。『糸子の体重計』(童心社)で日本児童文学協会新人賞、『空へ』(小峰書店)で日本児童文芸家協会賞、『朔と新』(講談社)で野間児童文芸賞、『きみひろくん』(くもん出版)でひろすけ童話賞を受賞。おもな作品に、『かあちゃん取扱説明書』『天使のにもつ』(以上、童心社)、『二日月』(そうえん社)、「車夫」シリーズ(小峰書店)、『ひいな』(小学館)、『トリガー』(ポプラ社)、『あしたの幸福』(理論社)、『つくしちゃんとおねえちゃん』(福音館書店)、『カーネーション』くもん出版)などがある。全国児童文学同人誌連絡会「季節風」同人。


※YA(ヤングアダルト)「若い大人」世代のことで、大人になりつつある年代の中高生向けの児童書のこと。

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