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朝コーヒーを淹れる

10年も、起きたらシャワーと歯磨きだけして会社に行くという生活を続けてる。起床後の行動は短時間で家を出ることに最適化されていて、家を出るまで実に15分。つまり平日は会社に行くために起きているようなものだ。

1日の時間のうちほとんどを仕事が占めている。時間を占めるということは精神を占めるということでもある。長い会社員生活の中で、それでも勝手に湧いてくるささやかな好奇心や欲望の多くは、手をつけられないままただただ積み重ねられた。

それが少しずつ変わってきたのは、特にここ1年ほどだろうか。周りから受ける影響に加えて労働時間短縮の流れもあり、明らかに「別のこと」に以前よりも意識が向けられるようになった。

前述の朝の習慣は、会社員生活を続けるうちに狭い視野の中で自ら選び取ったいくつかのパラメータを局所最適化してたどりついた到達だ。だから習慣づくに至った理由はなにかしら説明可能だろう。が、その後前提条件が変わったとしても習慣は保存される。それが習慣というものの性質であり、ぼくの朝の行動はそういったたぐいのものだ。

そろそろ1日を「別のこと」からはじめようと思えた時、家でコーヒーを淹れてみるのはどうかな?と思いついた。ぼくはコーヒーが好きで、よくコーヒーを飲みながら考えごとをしているけど、自分で淹れないので、それはいつも喫茶店でだ。家でやりたいことがあってもコーヒーを飲むために出かけなければならないので、行動が制限される面もあった。だから自分で淹れられたら家での過ごし方、中でも起床後の過ごし方が変わるのではないかと思ったのだ。

以前から屋外で挽きたてのコーヒーを淹れるのにあこがれて、アウトドア用のコーヒーミルがほしいと思っていた。この際に買おうかと思ったけど、引出物でもらってから一度も使っていないコーヒーミルがあったのを思い出し、ひとまずそれを使ってみることにした。そして近所のコーヒー店でドリッパーとフィルターとマスターこだわりの豆を買ってきた。コーヒー豆の入った袋は開けなくてもとてもいい香りがした。

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はじめて淹れたコーヒーは普段外で飲むコーヒーに比べるとうすく、物足りないようにも感じたけど、何度か淹れるうち、いやなかなかおいしいぞと思うようになった。何より数年ぶりに加わった朝の新しい儀式、コーヒーミルでガリガリと挽く時の手応えや音、お湯を注いたときに膨らむ様子はなぞに心を満たした。そして目の前の1杯のコーヒーは、少しでも早く家を出ようとするぼくの気持ちを一旦落ち着かせるのに十分だった。この文章は、そうやって生まれた時間に書いている。

夜家に帰ってドアを開けると、またコーヒーの香りがした。


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