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[短編小説]100万ドルの夜景

 ー 2000年11月。19歳の僕は10,000メートル上空にいる。

 両手には、出発前に買ったガイドブックを持っている。
「100万ドルの夜景・・・か」

 ビクトリアピークから眺める100万ドルの夜景に、心を躍らせながら窓の外を見る。
 外は、雲1つない。太陽の光がとても眩しい。

 僕は、関西国際空港から香港に向かう飛行機の中にいる。僕のはじめての国際線となる飛行機は、高度上空を飛んでいるため、揺れもほとんどない。
 目の前には、映画を見ることができる小さいモニターがある。それほど、窮屈さも感じない。

 関西国際空港までは、難波のOCATからバスに乗ってやってきた。
一度、関西国際空港には行ったことがあるので、特にこれといった感傷はなかったが、初めて行った関西国際空港には驚かされた。

 関西国際空港で、はじめてスターバックスという珈琲を飲んだのだが、これがとても甘い。本当に珈琲なのか、と疑いたくなる。

「これは、飲めないかも」
「えー、じゃあ、私が飲もっか?」
 キミは、笑いながら、僕のカップに手を添えた。

「ううん、もったいないから飲む」
 そう言って、せっかくキミに連れてきてもらったんだからと思い、ぐっと喉に流し込んだ。
「もったいない飲み方ー」
 キミは、いつも以上の笑顔で僕に笑いかけた。

「もう、あと1時間で行かなきゃ」
 キミは寂しそうに、呟いた。
「うん」
 僕らは、手を繋ぎながら、搭乗ゲートに向かった。

 搭乗ゲートには、沢山の人がいた。とても、広かった。
「向こうに着いたら、電話する」
「うん」
「ちゃんと、メールもするから返信してね」
「うん」
 僕は、頷くことしかできなかった。キミの顔を見れなかった。
 キミは、泣いていた。

 僕は、精一杯の笑顔を作ってキミに言う。
「すぐにキミに会いに行くから、ね、泣かないで。夢が叶ったんだから」
 キミは小さく頷いた。
「ほら、化粧が取れちゃうから、飛行機に乗る前に化粧直ししなくちゃ」
 僕は、精一杯の返しで、キミの目を見ることができず、キミの涙をぬぐうしかできなかった。

 キミが留学に旅立ってから、国際電話で話をしていた時、
「空港でね、私のほうがお姉さんなのに泣いてばっかりで恥ずかしかった。でも、君は笑顔だったから、私と離れて寂しくなかったのかなって、ちょっと不安になっちゃった」と、言われた。
 「まあ、僕は男だからね」と、そう電話越しにそう答えたんだけど、違うんだ。

 関西国際空港から帰る電車の中、キミがいない世界がこんなにモノクロだったなんて気づかなかった。
 自宅に帰って、すぐベッドに倒れ込んだんだけど、悲しくて悲しくて、どうしようもなくて、枕に顔をうずくませて、喉の奥から出てくる音を抑えたけど、涙が溢れ出た。
 泣くということが、こんなに疲れるのかと初めて知った。泣き疲れて眠る夜もあるなんて。
 でも、そんなことは、恥ずかしいから言えない。


「〇△◇、beaf or fish?」
 僕は話掛けられて過去の回想から、引き戻された。

 僕がキョトンとしていると、綺麗なスチュワーデスさんは、笑顔を崩さずに「Beaf or fish?」と聞いてくる。
 ああ、機内食か。
 僕は、魚が食べれないので、肉一択で決まっている。
「オーケー! ビーフ、プリーズ」
 僕も笑顔で、返答する。スチュワーデスさんは、やっぱり笑顔のままで、「OK!」と返事して、すぐに後ろの席の人に、「〇△◇、beaf or fish?」と機械的に聞いている。

 僕は、ビーフとフィッシュしか聞き取れない。もしかしたら、meatだったかもしれない。よく分からない。


 そう、この旅の目的は、キミに会うこと。
 数カ月前に別れたキミに会いに行くことなんだ。
 そのために、僕はほとんど毎日アルバイトをした。

「店員さん、MEはいいかな?」
 僕は梅田のソフマップで、男性のお客さんからそう質問された。
「どうでしょう? 2000が安定していてかなりいいので、個人的にはMEは、まだ発売されたばかりだし、ドライバーもあまり無くて、不安定じゃないですかね」
 僕はWindows MEを全く売る気がない。正直にそう答えた。
「そうか。でも、試してみたいんだよな、ME。どうかな?」
 男性は、歯切れが悪そうにもう一度聞いてくる。買うことに後押しして欲しいのだろうか?
「さあ、どうでしょう?」
 僕も、歯切れが悪そうに答えた。男性のお客さんは、「そうだよな」と言いながら、MEの箱をレジに持って行った。
 買うんだったら、はじめから聞くなよな、と声に出てしまっていた。


 つい先日、やり取りしたことを思い出しながら、香港のガイドブックに目を落とす。
 人生はじめての海外旅行なので、やっぱり緊張する。
 それに、英語もできなければ、広東語もできない。空港で迷わないか、心配だ。でも、キミが空港まで迎えにきてくれると言っていたから、たぶん大丈夫だろう。
 そう思いながら、香港に着いたら二人でどこに行こうかとマップを眺めた。

 たしか、今日泊まるホテルは、「重慶」だったかな、なんとかマンションって言っていたような。
 キミが二人で1,500円で泊まれると言ったので、かなり格安ホテルだ。その分、治安が悪いようなのだが、あまりそういうことは気にならない。
 大阪でいう西成みたいなものって言ってたから、まあ西成なら昔から行っているので大丈夫だ。

 そんなことを考えていると、機内食が運ばれてくる。
 はじめての機内食も楽しみだ。
 目の前に、運ばれてきた機内食を見て、いちおう確認のために呟く。
「これは、うん。間違いなく魚だよな・・・」


 機内にアナウンスが入る。ちょっと、何言っているか分からないのだが、この音は、着陸準備の音だ。
 僕は、シートベルトを付けて、着陸に備える。
 窓の外を見ているだけで楽しくて、高度が少しずつ下がってくる。
 さっきまで無かった雲の中を通り抜けている。楽しい!!

 ずっと外を見続けていると、ようやく海が見えてきた。香港も近いのだろう、たぶん。
 今日は本当に晴れていて良かったと思いながら、少しずつ大きくなる陸地を見ながら思う。
 関西国際空港は、海に向かって飛び出した感じだったのだが、香港の空港はこんなに建物の近くを通るんだと、少し驚く。

 

 季節はもうすぐ12月だというのに、予想以上に暑い。これが、香港なのか。
 僕はボーティング・ブリッジに降りた。飛行機と建物を繋ぐ長い廊下みたいなやつだ。
 暑いぐらいで、そこまでは日本と違うことはない。しかし、やっぱりここは日本ではないんだなと思わされる。
 建物に入ると、一番最初に目に入ったのは、肩から小銃を下げている警備兵である。
 はじめて本物の銃を見たことに、少し感動するな。

 関西国際空港よりかは、大きくないのか、ちょっとよく分からないが、入国審査のところに行く。
「うんちゃら、かんちゃら~」とオジサンが陽気に英語で話かけてくる。
僕は用意していた言葉を使う時がきた。
「サイトシーン」
 オジサンは、笑顔で「OK! Have a nice trip」と言って、力任せにボンっとハンコを押す。

 これで、香港に無事に入国できたんだなと、パスポートを見てしみじみ思う。
 あまりに、緊張しているためか、どこに行くのか分からないから、まわりの人たちについて行くことにする。
 すると、ようやく出口というかゲートらしいところがあった。


 視線の先には、キミが笑顔で手を振っているのが見える。
 心臓が高鳴る。
 この数カ月、どんなにキミに会いたかったことか。
 会えることだけで嬉しい自分を必死に抑えるため、「愛しき人の笑顔が僕には100万ドルだな」と、くさいセリフを心の中でつぶやく。

 でも、気付いたら、僕はキミを抱きしめに駆け出していた。




 三羽 烏様の企画に参加させていただきました!!
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 すぐにでも、投稿したかったのですが、作成に予想以上に時間がかかってしまいまして、遅ればせながら、今日になってしまいました😅

 以前からずっと書きたかった小説でしたので、企画していただいてありがとうございました🙇

 ✅ 締め切りは、4月7日(日)までです!!
 皆様の創作された中でイチオシの作品を投稿してください😌


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