「Watashiは変われましたか」を書き終えて #創作大賞2024 #エッセイ部門
はじめに
私はコーダ(CODA)として生まれ育ち、聴覚障害者の両親と聴者の世界との狭間で生きてきました。文化の違いに悩まされながらも、コーダだからこそ感じ、活かすことができると感じています。今回は母からの話や私の経験をほんの少しのスパイスとして入れたファンタジー小説に挑戦してみました。物語のスパイスはあくまで私自身の経験からであることを理解いただければと思っています。物語はフィクションです。ここでは、その背景や経験についてお話しします。
文化の狭間で
聴覚障害者の両親とのもと育った私は、幼少期から手話が生活の一部でした。学校では聴者としての生活が待っていました。両者の文化の違いに悩むことも多かったです。例えば、手話を使うことで得られる独自のコミュニケーションの喜びは、聴者の世界では理解されにくいことがありました。
手話と私とアイデンティティ
私にとって、手話は母国語です。手話を使って話すことは、私のアイデンティティの一部であり、最も自然なコミュニケーション手段です。しかし、時折、聴覚障害者の方々から、手話が私の母国語であることを疑問視されることがあります。それは、私が聴者として見られているからでしょう。もちろん聴者なのですが、聴覚障害者でない、日本語で育った家庭でもない。こうした経験から、私自身も手話と日本語、どちらも大切な言葉としての位置づけに悩んだ時期もありました。私はこれを通じて、コーダとしての独自の立場を理解するようになり、それが私の強みでもあると感じています。
創作への挑戦
この度、フィクションファンタジー小説を書くことを決意しました。私の実体験をスパイスにして、物語を創り上げる楽しさと難しさを感じています。小説を書き上げる作家さんやクリエーターの皆さんの凄さを改めて実感しながら、一個人としては創作大賞に挑戦することで、一つの目標を持つことができ、これまで書き残したいと思っていた部分を表現する機会を得ました。このような機会をくださったことに心から感謝しています。
感謝の気持ち
創作の機会を与えてくれたことに一つの目標として参加窓口を広げてくださっていることに感謝の気持ちで初めて取り組みました。この経験を通じて、自分自身の成長を感じ、作品完成の難しさを体感しました。そして、私の物語が、他のコーダや聴覚障害者、そして聴者の方々にも何かしらのインスピレーションを与えることができれば幸いです。
終わりに
コーダとしての私のアイデンティティは、聴こえる世界においても手話と共に生きることです。私は手話の魅力や日本語の奥ゆかしさ、合わせれば無限に広がる言葉の可能性を感じています。難しいことを語ることは苦手ですが、このエッセイを通じて、私の経験や感じたことを共有し、少しでも理解を深めてもらえたらと思います。これからも、コーダとしての自分を大切にしながら、マイペースに新しい挑戦を続けていきたいと考えています。