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「Watashiは変われましたか」第17話

次のシーンを選択すると、見覚えのある光景が現れた。私が沙羅とビデオ電話を切った後のシーンだった。

暗闇が広がり、冷たい風が肌を刺すような感覚があった。画面が明るくなると、見慣れたキッチンが現れた。私は沙羅とビデオ電話をしていた。会話が終わり、電話を切った後、お茶をいれようとカップを取り出す瞬間、突然胸が苦しくなった。胸の奥に鋭い痛みが走り、息を吸うのも辛くなる。

「あれ?」と思う間もなく、体がぐらつき、カップを持ったまま膝から崩れ落ちた。カップが手から滑り落ち、床に落ちて音を立てるが、その音は体に響くだけで耳には届かない。意識が薄れていく中、沙羅の顔が頭に浮かんだ。「沙羅、ごめんね」と心の中でつぶやきながら、視界がぼやけていく。最後に見えたのは、住み慣れた天井と、その上で揺れる光だった。仰向けに倒れ、冷たい床の感触を感じながら、意識はさらに遠のいていった。

この感覚は鮮明に記憶している

その後のことは知らなかったが、沙羅は異変にいち早く気がつき、ちょうど学校から帰宅した杏奈を連れ、急いで家に駆けつけた。私が床に倒れている姿を見た沙羅は泣き叫び、普段冷静な彼女からは考えられないほど取り乱していた。その間、杏奈はスマホを手に取り、すばやく救急車を呼んでくれた。

「ママ、どいて!」と泣き叫ぶ沙羅を避けて、学校で習った人工呼吸を始める杏奈の姿が見えた。彼女の小さな体が必死に心臓マッサージをしてくれる姿を、私は初めて知ることとなった。彼女の手は震えていたが、一生懸命に押し続けた。その光景を見ながら、私は胸が締め付けられるような思いを感じた。

救急隊が到着し、私の体を引き継いだ。彼らの迅速な対応により、私は救急車で病院へ運ばれることとなった。病院の明るいライトの下で、医師たちが懸命に処置を施してくれたが、私の意識は次第に遠のいていった。

目を開けた私に沙羅が手話で「大丈夫?」そこには心配そうな顔をした沙羅と杏奈がいた。沙羅は私の手を握りしめ、杏奈はその隣で私の体に手を置き泣きそうな顔をしていた。

「沙羅…杏奈…」声を出すこともできなかったが、二人の顔を見ると安心感が広がって涙が溢れた。それを見た沙羅は涙を浮かべながら、「びっくりしたよ。大丈夫だから」と優しく言ってくれた。

杏奈も「ばぁば、早く元気になってね」と小さな声でつぶやいた。その言葉に、私はさらに涙が溢れた。

病院でのベッドの上、私は不思議な感覚を覚えた。声に出すことはできなかったが、聴こえないはずの沙羅と杏奈の声がはっきりと聴こえた。こんなことは初めてだったが、その声はとても可愛くて愛おしかった。ずっと聴いてみたいと思っていた二人の声。沙羅と杏奈が握りしめてくれた手の温もりを通して、心の中で「ダメな母親でばぁばでごめんね。最後まで側にいてくれてありがとう」と伝えた。

自分の呼吸が薄くなっていくのを感じた。看護師が駆けつけ、医師が処置を施すが、改善することはなかった。意識が遠のいていく中で、私は沙羅と杏奈の顔を思い浮かべた。「ごめんね、ありがとう」と何度も心の中でつぶやいた。最期の瞬間、私の目に映る沙羅と杏奈は泣きそうな顔をしていたが、その先の景色に沙羅と杏奈の幸せそうな笑顔を浮かべていた。彼女たちの幸せを心から願い、私は静かに息を引き取った。

ああ、これが走馬灯というものだろうか。過去の記憶が次々と浮かび上がり、後悔することもあった。しかし、後悔よりも感謝の方が大きかった。残すもののことを考えると心配もあったが、きっと沙羅と杏奈なら力を合わせて乗り越えるだろうと信じていた。

次に現れたのは私の葬儀のシーンだった。まさか自分の葬儀を目にすることになるとは思わなかった。涙一つ見せない気丈な沙羅と杏奈の姿がそこにあった。沙羅は私の言いつけを守り、段取りを考え質素な葬儀を進めようとしていたが、息子が周りに連絡をしたことで少し騒がしくなった。ところが、連絡をした喪主である息子本人は仕事を理由に沙羅に押し付け、お通夜にも来ないことが分かった。

結局、私が生きていた時と同じように、沙羅と杏奈が力を合わせて葬儀を取り仕切った。沙羅は冷静に、しかし心の中では深い悲しみを抱えていたことを私は感じた。彼女の姿を見て、私は彼女の強さと優しさに改めて感謝の気持ちを抱いた。

葬儀が終わり、沙羅と杏奈は家に戻った。二人は私の思い出を振り返りながら、これからの生活をどう進めていくかを話し合っていた。沙羅は私の遺影を見ながら「屈託のない笑顔を忘れず大切にしよう」と杏奈に語りかけた。杏奈も「ばぁばのこと、ずっと忘れないよ」と涙ながらに答えた。

画面が再び暗転し、静かな闇の中に包まれ再びアイテムの表示が現れた。そこには「菊の花」と書かれていた。菊の花は私の母が好きだった花。そして私が倒れたその日に咲き誇っていた花だ。私はそのアイコンに指を伸ばし、画面をタップした。アイコンが光り、沙羅と杏奈の笑顔がさらに輝きを増して見えた。その光景を見ながら、私は心の中で「あなたたちと一緒にいられる時間が本当に幸せだった」とつぶやいた。

その時、沙羅と杏奈が私の方を見て微笑む姿に、私は家族の絆の強さを感じ、胸がいっぱいとなり涙が溢れて止まらなかった。

暗闇の中に、画面が浮かび「このシーンをクリアしました。ロックが解除されました。次のシーンに進みますか?」というメッセージが表示された。しかし、心の中で感じるのは、もう次のシーンがないという感覚だった。これが私の物語の最終章だった。私は沙羅と杏奈の幸せを永遠に願い続けることを決意し、静かな闇の中へと消えていった。

#創作大賞2024#ファンタジー小説部門



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