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ふたり軸

結婚してから、五ヶ月が過ぎた。ひとり暮らしをしていたアパートから持ち込んだモンステラが、この夏にぐんぐん成長をとげ、ついに私の肩くらいの丈になってしまった。物が少なくて、よく整ったシンプルな部屋が、夫は好きだ。できるだけ邪魔にならないように……支柱を立てて、紐で枝をくくって、コンパクトになるよう整えながら思った。

お前、そろそろ成長やめないと、夫に追い出されるぞ。そうしたらしょうがないから、この子は実家に持って行って育ててもらうしかないな……

などと考えていたら、夢を見た。夫が勝手に部屋の模様替えをしていて、新しく設置された棚はじつに殺風景(いや、シンプル)で、しかも私が連れてきた可愛い植物たちが減っている!!!!やっぱり邪魔だったんだ!と思ったところで目が覚めた。その話を夫にしたらものすごくウケていた。調子に乗った私は、家中の植物たちに、君たちは私が守る!と声をかけて回った。それを見てまた大ウケする夫が可笑しくて、今度は私も涙が出るほど笑った。

ふたりで暮らすのが楽しい。自分の思い通りに行かないことも当然たくさんあるが、そういうこともまとめて愉快だ。だけどその一方で、これまで持っていたこだわりをどんどん手放してしまっているような気もした。これといった未練を感じていない自分に気づき、逆にちょっと戸惑った。

自分軸で生きろ、と、よく言うじゃないですか。恋愛や結婚生活でうまくいくには、相手に合わせ過ぎず、自分軸で生活すること。自立していて、自分の好きなことややりたいことに生き生き取り組んでいる人こそが魅力的で、いつまでも愛されるらしい。そこのところに、私はずっと自信が持てないでいる。

芯を持った人に憧れていた。自由な人、周りの人やことに縛られない人、とも言えるかもしれない。私がひとり暮らしで目指していたのはそんな生き方だった。たとえば深夜に本格カレーを作りたくなって冷蔵庫を漁り出し、明け方まで没頭しちゃったとか、休日に今日は外に出ないと決め込んで、出前を頼んでNetflix祭りするとか、寝る前には必ずストレッチとマッサージのルーティーンを欠かさないとか……。そういうエピソードがポロポロ出てくる人をカッコイイなあと思っていた。

でも結局、私にはそういう暮らし方はできなかった。いつ何時も先々のことを計算してしまうし、要らぬ心配に囚われて、明日のことなんて明日の自分に任せればいいと言う大胆な考え方はできない。そのくせ決めていたことがあっても誰かに誘われればホイホイと流されて、予定変更してしまう。手にした自由を自由に使いこなすのは何と難しいことか。

私の思い描く自由は頭でっかちすぎた。理想通りにいかないだけで、ちゃんと楽しいはずの日常にも今ひとつ充実感を見出せなかった。好きな時間に起き、好きなだけ時間をかけて朝食を作っていたのに。好きなように部屋を飾り、好きな音楽をかけ、好きなようにお金を使っていたのに。部屋中に、好きなだけ、観葉植物だって置いていたのに。

ふたりで暮らすことになってから、家に入り切るよう、私はたくさんのものを捨てた。本を、服を、植物を減らした。ほんとは細々した雑貨で部屋中を飾り付けたいけれど、床や棚になるべく物は置かないようにした。綺麗好きの夫が毎朝一生懸命に掃除をしてくれるから。早寝早起きが理想だったけれど、帰りの遅い夫に合わせて夜をゆっくり過ごすようになった。香りのある柔軟剤を使わなくなった。にんにくを控えるようになった。週末に自分だけの予定をあまり入れなくなった。

でも、私、それが楽しいの。これまでのどんな自由より。

これはこうでなきゃ、と思っていたはずのこだわりをいとも簡単に諦められた時、今までとは違う自分に出会ったみたいで少し戸惑うこともある。でも、その新しい自分はちっとも窮屈な思いなんかしていない、むしろ何だか嬉しそう。そのことが、この上なく幸せ。しっかりした自分を持っていることもとても大切だけれど、誰かと深く関わり合って暮らしていこうとする時、相手を受け止めるために自分の形を変えられる柔らかさは、ほんとうに美しい長所でもあると思うのだ。

自由自在に飛び回るしたたかな女の魅力には欠けるかもしれないけれど、私には、これが合ってる。それに、夫が私に合わせて変えてくれたことだってたくさんある。一人きりのものだった暮らしの軸が、だんだんと、二人のものになっていく。見たこともないかたちへ、方向へ、柔らかく姿を変えていく。あーだこーだを繰り返し、それはいつまでも変化を遂げ続けるだろう。そうやってみんな、育てているのだろう。ひとりよがりでない、ふたりの軸を。

モンステラのゆく先を、私はたのしく案じている。今日も明日も、その先も、きっとね。

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