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「義妹生活」第8巻 感想と解題 2人に何が起きていたのか

このタイミングでこの感想を上げるというのは時季外れにも思えますが、8月末には次巻が発行されてしまうので、今書いておかないと次への準備ができなくなるかもしれませんので、ここで書かせていただきます。

義妹生活、8巻の感想と解題、とくに浅村悠太と綾瀬沙希に何が起きていたのか、それが果たして「共依存」という切り口で説明するのが最適解か、というところまで記していこうと思います。

わたしは一応臨床心理学をかじっているので、工藤英葉先生よりちょっとだけですが詳しいのではないかと自負してます。ただ、それでも専門家とはいえませんので、もし悩んでいることがあるのなら専門家、つまりカウンセラーなどにご相談ください。

物理的な距離とコミュニケーションの距離

この巻は悠太と沙希が4月になって進級し、同じクラスになるところから始まっています。このことは学校での彼らの物理的距離、どれくらい離れた場所にいるのかということについていえば近づいたことになります。

しかし、彼らは「自分たちが恋人同士(のような兄妹)である」ということを周囲に隠していたいがために、学校内では今まで同様に、いや、もしかすると今まで以上に接触を避けるようになっているようにも見えました。

こうなると、心の距離といいますか、コミュニケーションという側面からどれだけの時間「接して」いるか、どれだけの時間会話しているかを考えると、物語終盤で彼らが気付いたように、むしろコミュニケーションをとらなくなってしまっていたのでした。

悠太が抱く「後ろめたさ」の正体

悠太も沙希も、どうしても「家族でいる」「兄妹でいる」であることを頑なに守ろうとします。もちろんその背景には、2人のこれまで、つまり「両親」の再婚までの「子ども」の頃の経験があります。だから、両親には殊更に2人が付き合っていることを打ち明けることができません。

このことについて、悠太は奇妙な勘違いを起こしています。両親に自分たちの関係についてカミングアウトすることを想像したとき、彼は「後ろめたいような気持ち」「打ち明けることに対する気後れ」を感じる、と述懐しています。これについて彼は「自分のやりたいことも分からない自分では、胸を張って両親に自分たちの関係を話せない」という答えにたどり着くのですが、これ、やはりどうしても違和感が拭えません。

おそらく彼が感じているのは、そういう「両親に対して胸を張れない」ではなく、「打ち明けてしまえば、その事実は(悠太、沙希、「両親」)4人が家族であることを崩壊に導きかねない」ということ、そしてそれは「両親に対する裏切り行為」であると同時に、「沙希に対する裏切り行為」でもある、ということではないか、と推測します。

それだけ、沙希も悠太も「今の家族を壊すこと」に対して恐怖心を持っていると言えるのではないでしょうか。何故彼らは、そこまでして「家族であること」に対して執着してしまっているのでしょうか。

共依存?

2人が陥ってしまった状態について、工藤英葉准教授は「共依存」である可能性を示しました。これは非常に難しい概念であると同時に、非常に厄介な状態でもあります。また、「共依存」という言葉そのものの意味も変遷していることもあり、この言葉を使って何かを言おうとするときには細心の注意を払わなければなりません。

「共依存」を「相互依存」の意味と誤解してこの言葉を使っているのを時折見かけます。共依存はCo-dependency、相互依存はInter-dependencyでまるで意味が違います。相互依存の方が「適切な甘え合い」の意味を為すのですが、これを共依存と書いてしまう、言ってしまう例がとても多いのです。
 共依存は、「関係性に対する依存」である、という工藤先生の解説も非常に分かりにくいですね。実は、それだけではなく、この導入部分の「アルコール依存症」の例は「共依存」の定義としては古く、使われていないものなのです。

「共依存」について、端的でわかりやすい記述にした方がおります。信田さよ子著の「アダルト・チルドレン」(学芸みらい社)から引用します。

共依存とは、簡単に言えば、愛情という名を借りて相手を支配することです。共依存関係にある人たちは、苦しみながら離れられないのです。重要なことは、一九八〇年初頭にアルコール依存症者の妻を共依存として病理化したことは、現在、ほとんど否定されるようになっている点です。

信田さよ子「アダルト・チルドレン」学芸みらい社、P.50

こうしてみると、悠太と沙希が共依存関係にあるかどうか、ということに関してもなかなか判断が難しくなってきます。

関係を名付けるより丁寧に見てみる

沙希も悠太も、自認しているとおり、好き合っています。それなのに、ふたりとも「家族」を壊したくないがために、自分たちの距離が近づくことを恐れています。好きになればなるほど、そのある種の「斥力」は強く働いてしまいます。斥力が強い分、「引力」つまり「一緒にいたい」「甘えたい」気持ちも強くなっているのではないかと推測されます。それは詮無いことです。

だって、好きなのだから。

その感情、愛情は、家族を壊すのかもしれない。

そんな中にあって、ふたりは何とかして現状を肯定し、家族であることも止めることなく、甘え合う関係になろうとして、結果、すりあわせをして、とりあえず距離感を自分たちがもっとも心地よいものにすべく「呼び方」を変えてみたわけです。
これは案外よい方法かもしれません。

そして、工藤准教授のアドバイスも、結論としてはいい具合のところにハマってくれたと思います。何より、睡眠不足で思考力が低下するだけでなく、同じことをぐるぐると考え続けるループにはまってしまう原因である睡眠不足を解消することを提案したことが非常に重要でしょう。
それだけでも、ふたりの関係性はよくなっていくでしょう。

二人きりの週末を過ごすとき、この「家族であることを維持しようとする斥力」がどうなるかが、次巻の最初の見所ではないかと考えています。

さて、これは8巻の感想と解題です。それ以前に1〜7巻があるわけです。それらについても感想と解題をしてみたいと存じます。
お付き合いくだされば幸いです。

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