愛と時間は比例しない
「あんたは他の女を知った方がいいよ。その方が面白い男になれるから。」
まだ秋の香りが微かに残る11月。彼女は僕にこう告げてその場を去った。4年以上付き合っていた。その目には涙を浮かばせていたけど、その2週間後にはTinderで出会ったらしい彼と楽しそうな写真をInstagramに載せていた。
早稲田大学に合格した僕は、大学入学と共に新たな勉強に追われる日々を送った。サークルに入る暇も無いくらいに。それとは対称的に毎日のように「会いたい」とLINEをしてくる彼女は、1つ学年が上のモデル体型で顔も整っていた人だった。
彼女と馴れ初めは高校時代まで遡る。男子校の高校に通っていた僕は部活の友達を誘って共学の高校の文化祭を訪れた。もちろん下心しかなく、可愛い女子がいないか血眼になりながら探した。
「あれ?なんで来てるの?」
中学の頃の女友達に声をかけられた。バスケ部のその子は友達を連れて話しかけてきた。彼女募集中とかおおっぴらに言うようなキャラじゃない僕は、近くを通りかかったから、と適当に誤魔化した。
「友達?」
レアル・マドリードをモチーフとしたシャツを着た、太陽のように笑顔が輝いていた人が立っていた。思わず凝視してしまった。そです、と口籠もってしまった自分を当時は酷く非難したものだ。
文化祭を後にした僕はInstagramで女友達のアカウントをチェックした。投稿された写真に注目を奪われた。あの子だ。しかもメンションまでされて。夜のテンションに身を任せ、フォローボタンを押して眠った。
翌朝目が覚めた時、気持ちをざわつかせながらiPhoneを見た。Instagramからの通知。あの子からフォローが返ってきていた。そのことだけでご飯が食べられるくらい嬉しかった瞬間だった。
DMを送ろうかな。
いや何も接点が無いのに送るのはおかしいか。
でもアクションを起こさないと意識してもらえないしな。
このなんとも言えない感情は、学生の頃に恋愛したことのある誰もが経験したと思う。例に漏れず僕もその思考に悩まされた患者である。
結局DMを送った。「昨日の文化祭、〇〇さんと居ました?」
当たり前である。僕がその場所にいる方が不思議だろう。今思えばひどい書き出しだ。当時の僕が悩みに悩んで出した最適解は大バツをくらいそうなくらい格好悪い。
「いました!友達なんですね、後で聞きました」
奇跡的にメッセージが返ってきた。それと共に文化祭で会った友達からもなにナンパしてんだよ、みたいな茶化しのメッセージが来たが気分は高揚していた。
彼女とのやりとりは基本僕が質問するばかりだった。どこ中出身なのか、休みの日は何をしているのか、とか。面接官ばりに質問をしては記憶にインプットしていたのだと思う。その作業が楽しかった。次第に彼女側からも質問されるようになり、楽しくメッセージを続けていた。
電話もした。
「もしもーし。」
それはなんだか少し照れてそうな、高いトーンの可愛らしい声だった。何度か電話をした時に、勇気を振り絞って会いたい旨を伝えた。OKしてくれた。当日が楽しみで眠れない経験なんて、修学旅行ぶりだった。
迎えた当日。カンカン照りの日差しが本領を発揮していた頃。部活が終わり、制汗シートで体を拭きつつ移動中にもシーブリーズをこれでもかと言うほど塗りたくって向かったことを鮮明に覚えている。
待ち合わせ場所で会った制服姿の彼女は、文化祭やInstagramで見た明るいイメージとは少し違う、制服の色から連想されるようなネモフィラのような可憐さが僕の頭を侵していった。
公園のベンチに腰を掛け、2時間の時間の流れを感じさせないくらい楽しかった。記念に2ショットも撮った。ホーム画面の壁紙に設定したことは伝えていない。恥ずかしいじゃんか。
その後も会う予定を立て、4回目のデートで告白をした。
「ありがとう。こちらこそ好きだよ。」
君は笑顔で返してくれた。それから色々な思い出を作った。女の子と二人きりで何かをすることがほとんどなかった僕にとってはどれも刺激的だった。花火大会やディズニー、君が出場したバスケ部の大会の応援、クリスマス、初詣、バレンタインデー、ホワイトデー。
親が家を開けていた日、君を誘って初体験もした。コンドームを逆さに付けて焦ってる僕を笑ってくれたのが印象的だ。
時は流れ大学受験の時期になった。君は指定校推薦で女子大に進んだ。一般受験組だった僕を支えてくれたのは今でも感謝している。せっかく部活も引退して、もっと遊びたかっただろう。
大学受験には失敗して僕は浪人することになった。そのタイミングで彼女と別れた。お互いの意思にすれ違いが生じてしまったのだ。
意思のズレ方も良くなかった。現役で大学合格した彼女は
「私のことは考えずに受験に集中してほしい」
と言うのに対して僕は現役時代柔軟に対応できなかったことを悔い、彼女との時間も大切にしたい。と両者を思った結果が引き起こしたものである。
とにかく勉学に励んだ一年だった。その間は連絡も取らなかったし、SNSも見ていなかった。
浪人が終了して久しぶりにLINEをした。お疲れ様ということで会うことになった。大学合格祝いだ。
そこで会った君は色が変わっていた。良くも悪くも垢抜けて、当時抱いていたネモフィラのイメージは完全にどこかへ消えてしまっていた。お互いまだ19なのに、君はしきりにハイボールを頼んだ。どこで覚えてきたのだろう。その後酔った君とホテルで一夜を過ごした。事後に君から
「忘れられなかった。復縁したい。」
そう言われた。僕は承諾した。胸の高鳴りは無かった気がする。慣れたんだと自分の気持ちを騙していたのかもしれないが、間違いなく高校の頃とは別の感情を抱いていたに違いない。
大学が始まってからも勉強をせざるを得ない環境だった。学部にもよるかもしれないが、理系はとにかく忙しい。彼女と会えたのは多くても週1回だった。
女子大2年生の彼女にはとにかく時間があったらしい。毎日会いたい会いたいの繰り返し。会えないことに不満を漏らす彼女はもちろん、6日/7日で答えられなかった僕も苦痛に感じ始めていた、そんな誕生日だった。
「別れてほしい。」
大して驚かなかった。だが理由は聞きたかった。納得のいく理由を求めていたのかもしれない。彼女の言葉は本文の最初に記した通りだった。
こうしてフリーになった僕は、彼女も作らずバイトで出会った女性を中心にとにかく遊んだ。同じ大学生から、客として来た社会人の女性。一時はTinderにもハマっていた。
そうして多くの女性と関係を持ったが元カノ以来、綺麗な花を咲かせている人とは会っていない。4年以上付き合っていたからだろうか。一夜で終える関係の子らは顔すら覚えていない人も多い。こんなことを考えている間に時間が来た。女子大に通っている21歳と恵比寿で待ち合わせているので行ってきます。
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