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16.ワクチン狂想曲

時々。ある日の一日を閉じ込めておきたいと思うことがあります。その時間、思い、妄想はその時だけのもの。あとで思い出し、のぞいてみようとしても、時間もかたちも少しずつ歪み、違うものに味付けされてしまうものだから、です。ですからこれは、2021年8月最終週の、日記であると。そう思って読み進めていただければ幸いです。


ファイザー製のコロナワクチンを接種するために、家から10分ほどの病院まで歩いて行く。待合のロビーでは、小川洋子さんの「ドミトリイ」という短編を広げていて、とても大切なことが書かれているように思い、小さな声に出して読む。

たとえばこんな文章だ。

庭の緑に陽射しが降り注ぎ、くっきりと光っていた。ゆるやかな風が吹いていた。さっきチューリップの中を飛んでいた蜜蜂が、わたしたちの間を通り抜け部屋の中に紛れ込み、天井のしみの真ん中に止まった。それはこの前見たときより、一回り大きくなっているようだった。
何種類もの絵の具を混ぜたような暗い色が、天井を丸く染めていた。
鼓動を小刻みに震わせる羽が、しみの中に透明に浮き出ていた。先生は最後に残していたショートケーキのてっぺんの苺を、ぱくりと飲み込んだ。いとこはまだ帰ってきそうになかった。自転車の音がしないか耳を澄ましたが、蜜蜂の羽の音しか聞こえなかった。

蜜蜂の薄い羽が、しみの中に浮かびあがっている光景を思い描いて溜息がでた。ぶーーーん羽音が聞こえてきそう、なんて静かな空間なのだろう。

「○○さんどうぞ」看護師の声がわたしの名前を呼んだ。

診察室。
問診票に目を通していた医師が、あれ…? と首をひねる。
「『ポンタール』と『抗生物質』でも変化があったと。あ、ラーメンも? これは関係ないか。蕁麻疹みたいなものですか?」

「はい。『ポンタール』は歯の治療をしたあと中華料理店に入って酢豚を食べ、1錠だけ飲みました。最寄りの駅まで電車へ行き、そこからタクシーで帰ろうとしたところ「お客さん、顔が真っ青、凄いことになっているよ」と言われ、すぐUターンして病院へ連れて行かれました」
「ほぅー、それで?」
「顔が蕁麻疹で真っ青だったそうです。血圧は下45・上90をさしていて、そのまま大丈夫ですか? という声の中タンカーに乗せられ1週間ばかり入院をしました」と言うような内容を医師に説明した。

「じゃ。今日もよくないかもしれませんね。具合が悪くなるようでしたらすぐ言ってください」
医師はそう言うと、丸椅子をわたしのほうに寄せ、注射器をもってにじり寄る。

無意識に、手が逃げようとする。
「もっとこっち。僕のほうへ出して!」注意を促された。

ファイザー製ワクチンが入ってゆく。チクっと刺す痛みより、細い針から冷たい液が沁み出てくるときのじわっとした感触があって、ふわーーっと胸のあたりまで気持ち悪くなった。歯の麻酔を腕に入れられたような感じ。医師が「大丈夫?」という声が聞こえた。一瞬、倒れるのかと思ったが、しばらくしたら落ち着いてきた。針を刺した患部は重い。軽い痛み。胸から首の上がバスに酔ったようだ。

壁の絵をみる。ヨーロッパの牧歌的な緑の中を、自転車で漕いで走る3人のお嬢さんを描いた風景画だった。

再び、待合の長椅子に腰掛けて本の続きを読む。10分経過。20分経過。だんだん、安定してきた。よかった。診察室から患者が出てきた。

30分ほど待機したあと、強い日差しのなかを歩いて帰った。
液が体の中に入る感じが、あれだけゆっくり、長ーーく現れたことに自分ながら驚いた。そういえば、子供を一度だけ授かった時にも、その晩のうちに体に違和感を覚えたのだった。自分の体で異物が生まれた感覚がした。体がどんな風に変わっていくのかを好奇の目で観察していたら、想像どおり「妊娠していますよ」と病院で告げられたことを、ふと思い出した。


背中に汗がつーっと伝う。大きな1本の木の前で、ミンミンゼミが「ミーミー!ミー!」と、突然、大合唱し始めた。 

葉っぱの厚みや柔らかなかたち、葉脈などの造形がはっきり脳に伝承されていく。いつもなら気にもとめない景色であるのに、変だなと思う。

しゅるしゅるっと尻尾のような先が、赤紫に色づいた野草の茎(緑色)に、一匹のセミが必死にしがみついているのに気づく。「おいおい、木の皮や幹にしがみついていないと樹液は吸えないのだぞ」。言葉を発しそうになっていた。

なにかが違う。いや違わない。おそらく自分の体の内側に眼をむけているだけのこと。おいおい、なにを大げさに、と思い直す。

ふと。もし、コロナのワクチンを投与した人が、それまでと違う感受性や、あるいは特殊な性質が生まれているとしたら……。外見は同じでも新しいサイボーグに作り替えられているとしたら……(笑)、などと想像がおよび、ギクっとした。

思えば、実家に暮らす89歳の母も、一人娘のNも、周囲の友人もコロナワクチンをすでに接種している。気がつけば国民の、(いや全世界の)半数以上が、コロナワクチンをあたり前のように体の中に入れられてしまっている。それが自由を得られる(かもしれない)最低限のいまできること。三密回避し、感染予防をし、ワクチン接種。それが社会にとっても個人にとっても唯一の手段。それしかコロナ禍に感染予防できる術はないからだ。
ただ、これもある想定内の「策略である」とするなら……、と、ここまで考えて。いやいやいや、と苦笑した。この妄想は、ワクチンをつくる側の労苦を踏みにじる、これ以上は止めよう。

帰宅後、1本急ぎの仕事がきていた。すぐやり、お蕎麦だけゆでて台所のカウンターで昼食を終わらせ、5分後にZOOM取材を2時間する。夕方、体がほてる気がすると思ったら37度5分だった。夜、再び風に吹かれて家の周囲を散歩した。


1週間後。新潟に取材に行った。

サラリーマン風の男性が車で迎えにきれくれ「どうぞ…」
と丁重にドアを開けて、さあさと中に誘う。最近は挨拶代わりにコロナの話がはじまることが多い。

「知ってますか? ワクチンのこと。我々は反対派です。遺伝子組み替えのワクチンを打つことですよ」

‼︎

「すみません、車の窓を開けてもらってよいでしょうか。ちょっと息苦しいので」「ええ、わかりましたよ。これでいいですか」

男は後部座席を振り向くと、学生時代の友人に再会したかのような笑顔で、くくくっと大げさに笑った。


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