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藤井風 日産スタジアムライブレビュー「視覚と聴覚を超越する、夢幻の美と音楽の共鳴」


■見る者の心を一瞬で、虜(とりこ)にした藤井風


夏の夕暮れ、後ろでひとつに束ねたプラチナブロンドの髪が、ライトに照らされて揺れている。髭を剃った透き通るような白い肌に、白のカフタンシャツ。長い袖をなびかせてピアノを奏でる様子は、まるで風に羽衣をそよがせて奏楽する天人のようだ。

黄昏のスタジアムに舞い降りてきた天人のよう

身体の内側から、まばゆい光を放っているかと思えば、触れると消えそうな繊細で憂いをたたえる瞳。

その姿は夢幻泡影(むげんほうえい)の如く、この世のものとは思えないほど美しかった。

鍵盤を自在に操る指はマイクを持っている時も美しい

クラシックとジャズをベースに、幅広いジャンルの音楽経験が生み出す楽曲たち。聴けば聴くほど味わい深い歌声と、色彩豊かなピアノ、浮遊感のある美しい響き。

音楽が映し出す美、そして、美が奏でる音楽。
その融合が生んだ、魂の震える一夜。藤井風の紡ぎ出す音楽に、すべての感覚が浄化されるような気がした。


■フリーライブから3年を経て


緑の芝生に、グランドピアノ。

3年前のフリーライブと違うのは、スタジアムを埋め尽くす7万人の聴衆がいること。彼の目にはどのように映ったことだろう。

デビューからコロナ禍の自粛期間を経て、今日、この瞬間を見守るも人たちもまた、万感胸に迫るものが沸き起こったはずだ。

3年前、フリーライブについて書いたnoteを読み返す。

3年前のオープニングは
”きらり”だった。サビは

「どこにいたの 探してたよ」

今年のオープニングは
”Summer Grace”
”grace”
のサビは

「あたしに会えて良かった」

ひょっとしたら3年前のあの日から、今日までずっと、
芝生とピアノで繋がっていたのかもしれない。

藤井風は探し続けていたものに、もう出会えたのだろうか。


▶Summer Grace

「Summer Grace」は夏の終わりを思わせる、ちょっぴり切ない響きのアレンジ。3:47あたりから半音ずつ下降するコード、4:09あたり、サビの「あたしに会えて良かった」直前には”(藤井)風の響き”を感じた。

切ない響きから、ぐっと生命力あふれる和音の連打。げんこつも使って力強いビートを叩き出したところで、ようやく彼が地上に降りてきて”この世の人”になった感じがした。

▶Feelin’ Go(o)d

「Feelin’ Go(o)d」の歌い出しは、いささか緊張しているようだった。
歌が終わるとマイケル・ジャクソンばりに微動だにせず固まっていたが、その後で「ひょっとして何か面白いことをやってくれるのでは?!」と期待してしまったのは筆者だけだろうか(笑)

▶花

今回のライブでのスタイリングは「花」MVのビジュアルに最も近かった。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」
は美しい女性を形容するものだが、藤井風ほど、この言葉と”花”の似合う”華”のあるひと(男性)は、なかなかいないのでは?と思ってしまう。


こうして静止画で見ると、彫刻のような美術品に近い美を感じる。


歌ったあとでは
「あちーのに、ほんまにありがとう」
いつもの調子でのMCにホッとした。

▶Garden

「Garden」ではARIWAとEmoh Lesが、バランス良く、ほど良い存在感のコーラスを聴かせてくれた。繰り返されるゴスペルのような心地よいハーモニーに、会場との一体感が高まっていく。

▶特にない

「特にない」では、いつもの指パッチンやハンドクラップを指南。ステージの床をゴロゴロ転がりながら「あ~」とロングトーンする際にも、音程が狂わず発声が安定している。

これまでも寝転がって歌ったことは何度かあったように記憶しているが、毎回感心する。オペラやミュージカルでは、動きながらでも安定して発声できるように訓練するのだが、藤井風がどんな姿勢でも歌えるのも、体幹をしっかり鍛えているからだろう。

▶さよならべいべ

「さよならべいべ」では「会いに行きます」と自転車で会場内を回った。客席との距離をなるべく縮めようという演出、観客はもちろん、藤井風自身もうれしかったに違いない。
それにしても、片手運転で手を振りながら、周りに笑顔を向けつつ歌うなんてすごい。イヤモニの不調?を差し引いても、あんな不安定な状態でよく歌えるものだと驚いた。

▶Interlude1~きらり

ドンドンドン、ツクツクチキチキ……
「Where have you been? I’ve been looking for you(きらりのサビ英詞バージョン)」「どこにいたの 探してたよ」からのインタールード。アンビエントなビートに合わせてレーザー光線が点灯し、EDMサウンドが流れる。「CASTING CALL」LAATの”レイバンタイム(仮称)”を思い起こさせるような”藤井風プロモーションビデオ”調の映像が流れた。

運転中、対向車にこんな人が乗っていたら……やば(笑)

これまでにライブでも「きらり」への導入部分は、EDM調”恒例ダンスタイム”になっているが、今回の「CASTING CALL」も、とてもクール。この曲だけでもリリースしてほしいくらいだった。
こういったLo-Fiでイギリスのアンダーグラウンドなハウスっぽいアレンジは、古今東西の音楽を知り尽くしたYaffleならでは

本編の「きらり」で、特に耳を惹いたのはベースライン。「きらり」は藤井風がピアノ弾き語りをする際、左手ベースラインの音数がとても多い。そこが彼の弾き語りの肝(キモ)であり、音の厚みのポイントでもある。小林修己は根音をなぞるだけではなく、内声や経過音も鳴らしていた。欲しいツボに音がグッと入る感じでとても心地よかった。

最近あったNewJeansのライブでも、オープニング20分間が250(イオゴン)のDJタイムだった。バックバンドに一流のミュージシャンを起用する藤井風のライブでも、暗転の間などはインタールードに趣向を凝らす演出を続けてほしいと思う。

▶キリがないから


「キリがないから」ではヒロムのロボットがモニターに映り、初めてロボットダンスを披露した武道館ライブを思い出した。コーラスと一緒に歌う「あ~あ~あ~あ~、あーああああ~あっ」の部分には伸びやかなフェイク。原曲ではシンセベースが印象的だが、ライブでは小林修己のベース音がブイブイと縦横無尽にドライブするのが心地よかった。

▶燃えよ

「燃えよ」で特筆すべきはパーカッションが入ったことだ。

すごい種類!パーカッションがあるのと無いのでは、音の厚みとグルーヴがぜんぜん違う


コンガやボンゴ、カウベルなどが乗ってくると、ラテンのグルーヴがより鮮明になる。
これまでのライブではドラムだけで、ウワモノの鳴り物系は、ほぼ打ち込みの同期だと思うが、今回、福岡たかしが入ったことで、サウンドに色彩と厚みが増した。音源ではシンセベースを重ねているところに、生のベースがブイブイ聴こえてくるのもライブの醍醐味。

恒例になったキーター(ショルダーキーボード)も登場。会場はさぞかし沸いたに違いない。

キーターは49鍵 幅は約1m20cm、重さは4.2㎏ これが”映える”のは藤井風が長身だから


使用機種はHEATの時と同じRoland AX-Edge

熱いパーカッションと、うなるベースにあおられた藤井風。アドリブは、ディストーションギターのような音色で、ブルーノートスケールを使った勢いのあるフレーズを奏でる。
身体に固定できないので鍵盤がぐらつくキーターで弾いているとは思えない流麗な演奏に、「実家でグラグラするキーボードを弾いていた姿」や「寝そべり配信」を思い出した。弘法、筆を選ばず。藤井風、鍵盤を選ばず。

▶風よ

▶ロンリーラプソディ

バンドで演奏するのは初めてという「風よ」と「ロンリーラプソディ」。「いいことだけ吸って~」
ピアノを弾きながらしっとりと歌い上げる。
「孤独な人に寄り添いたい」
と話した彼の想いが、静かに伝わってくるようだった。

そしてステージ上では、唯一のピアノ弾き語りになった湘南乃風「恋時雨」。藤井風ならではのテンションコードを取り入れたピアノアレンジは、美しく繊細な響きだった。
本人の意向はどうであれ、やはり藤井風にはピアノ弾き語りが、いちばんしっくりくる。長い手足をくねらせて、楽しそうに踊る姿も魅力的だが、彼の音楽の原点はピアノだと感じた一コマ。

▶死ぬのがいいわ

「死ぬのがいいわ」は、赤を基調としたライティングもあってか、妖しくなまめかしい雰囲気で地を這うように歌う。個人的には、谷崎潤一郎「春琴抄」か、近松門左衛門「曾根崎心中」のテーマ曲にしたいくらいだ。

▶Interlude2~Workin’ Hard

このインタールードが、またいかにもYaffleっぽいアレンジ。「もうええわ」のイントロをサンプリングしたコード(たぶん)をループしながら、ドラム、ベース、ギターと時にホーンを交えて展開する。

”放棄と解放”を歌った「もうええわは」「何なんw」と並ぶ藤井風のオリジンとも言える。1st.アルバム「HELP EVER HURT NEVER」から、デビュー当時を思い起こさせる選曲とアレンジにしびれた。



ピアノとSaxのアドリブ演奏(と思われる)にも聞き惚れた。Yaffleと藤井風、Jazzの素養を持つ2人だけに「Workin’ Hard」サビ部分のコード2つでインプロヴィゼーションを繰り広げる。この2人だからこそできる、ジャジーな演奏が聴けたのがうれしかった。ドラムとベースもしっとり、時に熱く絡んでくる。思わず「ここはブルーノート?それともマンハッタンのジャズクラブ?」となった。

「Workin’ Hard」はLO-Fiでサンプリングベースの原曲から、ヘビーなバスドラとベース、ディストーションを効かせたギターがうなるバンドサウンドにアレンジ。アウトロのフェイクは藤井風が巧みなボーカルの本領を発揮するところだが、いつも通り伸びやかなロングトーンが素晴らしかった。

バックのモニターでは、Windyちゃんに混じってトイピアノが流れてくるのも、検品ミスでWindyちゃんたちをひっくり返し、落ち込んでしまう藤井風の”ドジっ子”演技も面白かった。

▶damn

「damn」のイントロは今回はギターとピアノではじまった。ジャズベースで始まったパナスタバージョンも渋くて好きだったが、TAIKINGの弾むギターカッティングも、とても良かった。過去の楽曲の一部がやまびこのように入るコーラスは、どうなるのだろうと耳を凝らしていたが、ARIWAとEmoh Lesによるオクターブユニゾンが、しっくりとなじんでいた。

▶旅路

「旅路」は思わず「ブルーハーツ?」とのけぞった。
スネアドラムとディストーションの効いたギターが炸裂するパンキッシュなビート。原曲はゆったりとした後ノリのジャジーなサウンドがチルいのだが、今回のアレンジは高校の軽音楽部っぽい。
そういえば「ザ・ブルーハーツ」の甲本ヒロトも、藤井風と同じ岡山出身だ。

R&Bのグルーヴを持ち味とする藤井風が、ジャストビートに乗った”棒うたい”も新鮮。パンクロックの香りが濃厚な「ザ・バンドサウンド」に熱狂するオーディエンス。興奮が伝わってきた。

▶満ちてゆく

「満ちてゆく」のイントロは、ギターの音色の優しいこと……。スタジアムいっぱいに広がるスマホの灯りが、宇宙にきらめく星のようだった。この美しい光景は、オーディエンスから藤井風への良きプレゼントになったのではないだろうか。きっと彼もみんなと同じように、一生忘れられない光景になったに違いない。

アウトロのフェイクも伸びやかで、美しいフレージングに耳が釘付けになった。声を楽器のように操るフェイクが藤井風の持ち味でもあるが、「満ちてゆく」では、特に美しく響いていたように思う。

アウトロでは自らの名前と十字架の刻まれた墓石に横たわり、頬を寄せる姿も印象的だった。MVにも墓地が出てくるが、日本の墓地だとこんな絵面は難しい。欧米の墓は、おどろおどろしくなくていい。
「明けてゆく空も暮れてゆく空も 僕らは越えていく」
何でもない日常を大切に過ごしていきたい。そんな気持ちになる。

▶「青春病」

「青春病」でもラテンパーカッションが大活躍だった。ダンサー達と一緒に腕を振る野ざらしダンスの辺りで、最高にセンチメンタルでエモーショナルなMVを思い出した。

▶何なんw

「何なんw」は、”いつも通り”TAIKINGのギターカッティングとアルペジオで始まった。原曲通りのシャッフルビートも心地よい。この曲は、藤井風の音楽的素養がギュッと凝縮されたスタンダードナンバーであり、”オリジン”でもあると思っている。

「何なんw」のピアノ弾き語り、バンド演奏のいずれも完成度が高いのは、バンドメンバー全員の演奏レベルの高さはもちろん、全員が藤井風と同じ熱量で、この曲に並々ならぬ愛情を注いでいるからではないだろうか。

アウトロのアグレッシヴなジャンピングピアノも、相変わらずジャジーでファンキー。いつも目にするたび「これだよ、コレが見たかったんだ」という気持ちになる。見て良し・聴いて良し・弾いて良し”三方良し”の「何なんw」には、おそらくこの先も飽きることがないと思う。

▶まつり

「まつり」は、いわゆる祭囃子で鳴る鐘の音「コンチキチン」がスパイスに。邦楽囃子(ほうがくばやし)で使う当り鉦(あたりがね)を握り鉦で鳴らしているように聴こえた。

いつもの「まつり」が鐘の音でグッと東洋的になり、お祭り気分は最高潮に。藤井風のアウトロでのフェイクも絶好調で、鐘の音とコーラスが絶妙に絡み合い、何とも言えないグルーヴを生んでいた。


左手には真鍮(しんちゅう)でできた当り鉦(あたりがね)が。 右手の桴(ばち)は竹の棒の先にシカの角がついている。

■進化する藤井風のパフォーマンス


藤井風のパフォーマンスは、どんどん進化している。

日産スタジアムライブのステージは、パナスタの時よりも、いっそう明るく、物語性をもって作られていた。植物を模したグリーン、イエローが中心のボタニカルなステージセットには、ナチュラルで清涼な雰囲気が漂う。

武道館やホールツアーでは前衛モダンとカジュアル、パナスタでは民族調だった衣装も、日産スタジアムではトレンドをおさえつつナチュラルなラインでコーディネートされていた。

ミュージカルのようなステージパフォーマンスも素晴らしかった。曲の間に流れる”インタルード”もDJタイムのようにショーアップされており、もっと続きを聴きたいくらいクールだった。

客席からサプライズ登場したり、自転車で歌いながらアリーナを周回したり。何より、観客との距離を縮めようと、趣向を凝らしたのがわかる演出。無観客ライブから3年を経て、今は7万人のオーディエンスを前にスタジアムに立つ彼の決意と、スタッフ全員の意気込みが伝わってきた。

■「静」と「動」至高のライブ体験

まさに藤井風の音楽を耳と目で”魅せる”エンターテインメントショー。ブルーノ・マーズやK-POPアーティストのライブのように、音楽だけでなくダンスや演出も含め、洗練されたステージショーも楽しめる。視覚も聴覚も奪われる至高のライブ体験は、もはやショータイムだった。

一方で、ピアノと身体ひとつでの弾き語りコンサートは、派手な演出やダンスは無いが、アットホームな雰囲気の中で、彼のフィジカルが生み出す音楽にじっくりと浸ることができる。

大規模ショーでのバンドサウンドと、小規模ホールでの弾き語り。どちらも藤井風が生みだす音楽性とテクニックがベースにあってこそ成功してきたのだろう。「静」と「動」のライブ。日本人でこの両方をこなせるミュージシャンは、今のところ、筆者は藤井風以外には思いつかない。

デビューから4年。海外ツアーもこなし、ステージングもずいぶんこなれてきた。とは言え、この規模のライブを進行しつつ歌うのは、相当のプレッシャーだったに違いない。

神々しいまでの輝きを放っていたとはいえ、お茶目なMCや、時折見せるくしゃくしゃの笑顔は、YouTube動画で子どもの頃から見せてきたものと全く変わらなかった。

■「藤井風の紡ぐ人生」という物語


つい数年前まで、YouTube動画の中でひとり、ピアノを弾いていた藤井風。

彼の音楽が岡山にある実家からインターネットを介して海を越え、世界中に伝播していく様子を目撃せずにいられようか。彼の人生には、これからもきっと誰も想像できないような、あっと驚く展開が待っているはずだ。

成長過程に価値を見い出すビジネスを”プロセスエコノミー”とは言ったものだが……わたしは彼の音楽に出会った時から、掛け値なしに”藤井風の紡ぐ人生”という物語に魅了され続けている。


藤井風さんのこと、いろいろ書いてます。この記事で60本目!

藤井風の音楽は何が違うのか?「何なんw」の音楽的解説も。


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