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傍流こそ成長の糧~1円も稼いでいないと笑われ続けた若手時代【体験談】~

「あいつ、花形の営業第一部へ異動だって」
「出世街道まっしぐらだな~」
「俺なんかずっとサポート部だよ~出世はあきらめた笑」

こんな会話、ビジネスパーソンなら誰でも聞いてきたことがあるでしょう。

先日下記のようなnoteをあげ、岡島悦子さんが「傍流経験・修羅場経験が成長には必要」と語られていました。

ふと振り返ると、自分の経験は、

傍流における成長そのものだった

のかなと思い返しています。本日は「傍流こそ成長の糧」という話をします。

「1円も稼いでいないやつ」と言われ続けた若手時代

私の社会人経歴は、不動産→金融とまとめられます。大きな都市開発もこなし、外から見れば、主流を歩いてきたと思われるかもしれません。

実際は逆です。

都市開発🏢🏢→会社では、大きな都市開発というものをやったこともなく、「むしろもうやめる😧?」みたいな状況で、上司と2人で担当(今は大きな組織になっています)

という感じで、傍流(もしくは認知すらされていない)と思われていた部署に属していました。

心無い言葉を言われたことも(言った本人は、単なる事実として言っていたのかもですが・・・)あります。

・絵を描いては消すだけの仕事。1円も稼いでない笑。そういう意味では新卒の彼のほうが貢献してる
・そもそも何の仕事してるんだっけ😅?

などと言われてきました。
ただ、誰に何と言われようと、この開発だけは、日本一になると信じていました。いつかは花開いて、誰からも認知されるような開発になるんだと。

傍流だからこそ育てられた

誰も興味なし。なんなら上司も興味がなく、早く異動したいくらいの気持ちだったのかもしれません。

だからこそ、自由。
だからこそ、すべて自分事。

打ち合わせのファシリテーター・提出資料から、事業の方向性・戦略まで、すべての全権をもち、一人株式会社状態で進めていました。

経験の浅い人間が全部やるものだから、ミスもあれば、迷惑もかける。毎日が冷や汗。寝ても覚めても五里霧中・・・・

社内は誰も気にしていないので、とにかく毎日外部ととことん議論。そんな日々を5年くらいは続けていました。

5年経ち、素晴らしい上司・先輩にもめぐり逢い、ふと振り返った時に気づいたのです。

あれ??人の目が変わりつつある??

そのころになると、それまでの成果もあり、この事業は、今後の柱になるかもしれないくらいの可能性を皆が感じ始めていました。
笑われることもなくなり、注目されることも増えました。そこからはトントン拍子です。

私が伝えたいこと。

傍流に配属されたらチャンス。だれよりものめりこんでみると、圧倒的な成長を実感できる💨

一般的に最初からできる人は、組織として成し遂げる力がすごく高いと思います。ただ、そういう方は最初から注目されているがゆえ、サポートも体制も整っているところで存分に力を発揮させようと配置されることが多い。

つまり、傍流を経験した人間にしか、一人から切り開く力はつかない💥。そんな経験ができる可能性のあるポジションだよ?ということです。

異動はビジネスパーソンなら、必ずあること。不本意な異動もあるでしょう。でも、周りが「残念」と思うような傍流にこそ、成長のチャンスは転がってるはずです。

傍流があったから、いまがある。
今だから、やっと、つらかったあの時期をそう思えます。

腐らず、もう1ミリだけ前に進めてみませんか。

すこし、昔話で勝手に熱くなってしまいました💦
ではまた明日!暑いのでみなさん体調にはお気をつけて!いってらっしゃ~い☀️

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