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7.5cmのプライドを捨てた日

2週間ほど前に店舗に足を運んでセミオーダーしたパンプスが、今日届いた。

今はもうパンプスはおろかつっかけさえ履かない日もあるフリーランスだが、新卒のころはカッチリスーツにパンプスで出勤する会社員だった。

「THE・新入社員!」のリクルートスーツ×黒パンプスから垢抜けるべく、夏と冬のボーナスが入るたび、ちょっと色柄の入ったスーツやパンプスを買い足していった。

ただし、当時は毎日が外回りのゴリゴリ営業職。
スーツもパンプスも消耗品だ。
それに若手社員は月収もボーナスも少ない。
限られたコストのなかで「いかに安くみえないか」も重要だった。

当時わたしがたどり着いた正解は7.5cmピンヒールのパンプスだった。
パンツスーツにハイヒール、かっこいいじゃない。

しかしわたしの足は幅が狭く甲が薄い。
既製品でぴったりくるパンプスに出会った試しがない。
だから、なじむまでは「骨までえぐられているのではないか」と錯覚するほどの靴擦れに耐えたし、なんなら靴擦れする前に絆創膏を貼って予防するという知恵も身につけた。

そんな7.5cmのパンプスで毎朝駅の階段を1段飛ばしで猛ダッシュしていたことは、今となっては信じられない。
というか、そのヒールの高さによって、わたしの腰はじわじわと痛めつけられていたのではないかと思う。

それでも、パンプス買うなら7.5cm!は一種暗黙のルール化していた。
一度上げたら下げられない!
妙なプライドがあった。

∽∽∽

今となってはパンプスなどお葬式か結婚式で履かないし、お葬式も結婚式も滅多に呼ばれるものではない。

しかしここに来てお呼ばれしてしまったのだ。結婚式に。

女性の結婚式お呼ばれファッションはワンピースが主流だが「みんなと似たような服装は嫌だ!」という中二病を発症し、スーツで行くことに決めた。

会社員時代に買ったスーツは幸いにもまだ腹もウエストもおさまるが、消耗品として購入され、暑い日も雨の日もろくに手入れをされず、だいぶくたびれている。
「社会人として1着も持っていないのもねえ…」と、処分せずにいただけで、結婚式に着ていけるようなシロモノではない。

もう毎日スーツにパンプスの生活ではない。
むしろ1年に1回、着用するチャンスがあるかないかのレベルだ。
スーツは1着、パンプスはオーソドックスな黒と、もう1足あればじゅうぶんだろう。

したがって結婚式をよい機会と捉え「ふだんスーツを着ない社会人が、ここぞの場面で着ていける超かっこいいスーツ」を仕立てるとともに、「超かっこいいスーツに見合うクールなパンプス」をセミオーダーしに行ったという経緯である。

イケてるお兄さんがいくつか木型をみせてくれたなかで、わたしは迷わず7.5cmヒールでつま先がとんがっていないパンプスを選んだ。

「では一度履いてみて、店内を歩いてみてください」

うむ。夕方のむくんだ足でこれなら大丈夫だろうと判断したが、お兄さんのツッコミが入る。

「見ているととくに左足の浮きが気になりますが、違和感はありませんか?」

ないよ、ないない。
だってこれがパンプスだもの。
だいぶブランクがあるし、加齢のせいもあるのか腰への負担も感じるけども、大丈夫大丈夫。

「大丈夫です」とキッパリ言い切ったが、その奥にいた女性スタッフさんがさらにこういう。
「一度、5cmのヒールも試してみてはいかがでしょうか」

なにをいっているのだこいつは。
7.5cmじゃないパンプスは、もはやパンプスじゃないのよ。

女性スタッフさんも食い下がる。
「5cmなら結婚式にもじゅうぶん履いていけますよ。ふだんパンプスを履かれないとうかがったので、体への負担も5cmのほうが軽いですし、ヒールを太くすれば安定感も増すと思います」

ええ!7.5cmピンヒールがいいのよ!わたし!
顧客のニーズをぜんぜんわかってないじゃないの!
…とはいえず、「では試してみてもいいですか」と5cm太ヒールのパンプスにささっと足をすべりこませ、さっきと同じように店内を歩いてみる。

…おいおい、世界が違うじゃないの。
なんだこの安定感。腹に力が入る感じ。
股関節から脚が動くんじゃない、腹筋から脚が動くぜ!!

鏡の前を横切るわたしの姿は、背筋もスッと伸び、ハイヒール独特の膝の曲がりもなく、1歩1歩しっかりと、でも軽やかだった。
一瞬、鏡の向こうに天海祐希さんがみえた。

ここでひと言補足しておくと、天海祐希さんに似ているわけではまったくない。あくまで鏡の向こうに天海祐希さんがみえたといっているだけである。そのぐらいの微笑ましい幻想をみたって、バチは当たらないだろう。

お姉さん、さっきは「なにをいっているのだこいつは」などと脳内暴言を吐いてしまってすみません。
おっしゃるとおり、全然違います。
こちらのほうがカッコいいです。
7.5cmピンヒール以外パンプスじゃないなどとのたまった自分を恥じますね。

お兄さんもお姉さんも、「こちらのほうが合ってますよ!歩き方も綺麗ですし、先ほどのような足の浮きもなく、フィットしているようにみえます!!」と激推しである。

7.5cmピンヒールにしても5cm太ヒールにしても、値段は同じ。
これはおそらく2人の正直な感想だろう。




…これにします。

∽∽∽

7.5cmピンヒールにこだわっていたわたし、さようなら。

そんなちっぽけなプライドのようなものを手放したわたしは、文字どおり足元からふっと軽やかになった気がした。

きっとまだある、くだらないプライド。
どんどん手放していきたい。
軽やかに、颯爽と。



今日も読んでくれてありがとうございます。
あなたが感じる自分のプライド、なんですか?

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