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ヤンキーとはんぺん

「地元のヤンキーからカツアゲにあったときは、斜め上を向いて『はんぺん』と3回唱える」

と教えてくれたのはN君だった。中学生の頃、相手をビビらせる方法として必死に考えて導き出した答えらしい。

N君はフランスの大学院でアートを勉強して帰国した同世代の男の子で、地元であるこの街に戻っている間に友達になった。

どちらかというと寡黙でいつも控えめな笑顔を浮かべている彼には夜と静寂がよく似合った。服装、立ち振る舞い、煙草の吸い方、そのひとつひとつが洗練されていた。

そんな彼が無邪気に「はんぺん」と3回唱えるというチャーミングなギャップに私はまんまとやられてしまった。人って見かけだけじゃ本当にわからない。

その後、2ヶ月ほどして彼は新天地へと旅立った。束の間の交流だったけれど、なんだかいい時間を過ごさせてもらった。何を話したかはもうほとんど覚えてないけれど、寒かった冬の暖かい記憶として残っている。

この間、シェアメイトがたまたま「はんぺん」をスーパーで買ってきて、N君のことを久しぶりに思い出した。あのときの空気感が一瞬ふわっと蘇った。

通過する人間が多い人生の中で、紐付けられる記憶が増えていくことは嬉しい。チュッパチャップスをみれば受験勉強を一緒に頑張った同級生を思い出すし、ゆらゆら帝国を聴けば学生時代の喫煙仲間を思い出す。

もう会えないかもしれない人達。でも確かに一緒に時間を過ごした人達。そんな人達との記憶の断片の積み重ねで私はできている。

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