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コロナの空気を読みながら:富裕層の家庭で働く5人の乳母による証言

コロナ禍で「ステイホーム」が推奨されるなか、ほんとうに家の中だけで生活を成り立たせることができる人は少ない。今回は、富裕層の家庭に乳母として従事する5人への聞き取りを日本語訳した。雇用主との圧倒的な階級差を感じながら、毎日の生活の中であらゆる交渉と選択を余儀なくされる乳母たちの言葉だ。2020年4月28日にThe Cutに掲載された。
ライター: Anna Silman
原文: https://tinyurl.com/y9m8h2rb

証言1: 私たちは、一家御用達の備品のひとつ。

私はマンハッタンの超富裕層家庭で、住み込みで働いています。幼児教育の学位を持っており、乳母としても数十年の経験があります。私の雇用主の一家はかなり有名な方々です。彼らがコロナ危機に配慮するなら、スタッフ全員を福利厚生付きで何カ月も休ませられただろうと思います。それぐらいの経済力はありますよ。でも逆に「自分たちの安全がおびやかされる」と主張したんです。従業員が自ら辞職するように仕向け、「仕事をほったらかして迷惑だね。再就職するとしても、紹介状は都合しない」と言ったのです。スタッフの多くは私のような外国人ですから、立場の改善を要求することは困難です。

この一家の別荘は郊外のハンプトンにあります。さいきん平日は、そこで過ごすようになりました。私たちスタッフには、事前の相談はありませんでした。ただ「行くことに決まったから」と、告げられただけです。普段なら「かしこまりました」の一言で済ませます。今回はさすがに驚いて、悪い冗談かと思いました。この家で働いてきて、初めてそんなふうに感じたので、きっと私も顔に出してしまったのでしょう。女主人は「来なきゃだめ」と一旦大声で怒鳴った後で「あなたの悪いようにはしないから」態度を変えてきました。悪いようになるか、ならないかは、私になんの選択肢があるというのでしょう。

その郊外の家には、たくさんの出入りがあります。スポーツコーチが子どもたちを教えに来ますが、その人は他の家庭の子どもたちも教えているようです。料理人たちは毎日買い物にでかけます。週に何回はヘアメイク、ネイリスト、パーソナルトレーナーなどが訪れます。この一家には、自分の家を訪ねてくる人数を減らすつもりはなさそうです。

彼らはコロナウィルスなど、気にならないのでしょうか?
私以外の乳母や家政婦もいます。誰も納得していません。ある同僚は、子どもたちが誰か新しい人と会うたびに、着替えをさせます。子どもたちの学用品が宅配で届いても、私は直接家の中には入れずに、プールの脇にある休憩室に2日ほどおいて、物理的に隔離をするようにしています。コロナウィルス感染予防に気をかけないので、雇用主からは白い目で見られていますが、予防的なことは私たちが勝手に行うしかありません。

この一家の父親はもともと潔癖症です。でもコロナウィルスに関しては、心配しているように見えません。彼自身がビデオチャットをしているときに、たまたま背後を通りがかった私が咳をしたことがあります。彼はそれを「ああ、ただのベビーシッターだよ」と受け流したのです。そのくせ「君は自分の子どもに手を洗わせているの?」などと言いつのるのです。

週末は、同僚と乗り合わせてマンハッタンに帰ります。でも運転手も車も専属ではありません。きっと他の日は大勢同じ車を使っているでしょう。

同僚には年配の人、大家族の一員、夫が重症でウィルスに感染するリスクを極力抑えなければならない人たちもいます。私たちの雇い主は、雇用人の家族構成など知る由もないでしょう。彼らにとっては、気にかける必要のない別世界のことなんですから。

この家庭の父親は、子育てについて、いっぱしの愚痴をいいます。「子どもとずっと一緒にいるのは大変だ。いま流行りのホームスクリーニングをこなしてるのさ!」。でも彼は一日中ソファーでスマホを使って仕事をしていて、子育てをするのは私です。彼は一日1時間も自分の子どもの面倒をみたことがありません。

ある同僚は、マンハッタンに戻るたびに、この一家のお使いを任されています。ハンプトンは郊外なので、この一家やシェフ御用達の逸品が手に入らないためです。トイレットペーパーでさえ、指定があるので、同僚は何軒もお店を回って買い物をします。この一家の日用品はすべて「代用がきかない」ものばかりです。他のものでは「暮らしが成り立たない」のです。そう思うと、彼らにとっては、私たち使用人も、替えのきかない備品のようなものです。きっと私たちなしでは、彼らの暮らしも成り立ちませんね。

証言2: 働かないと生きられないが、働いた仲間は死んだ。

私はセントビンセントの出身です。14年前に渡米しました。コロナの前は、あるご家庭で5歳と7歳の子どもの乳母をしていました。ある月曜日の朝、その家に出向くと、子どもたちの両親が二人とも家にいました。在宅勤務に切り替わったので、しばらく来なくて良いと言い渡されたのです。彼らはふたりとも弁護士です。「今後のことは後で連絡する」と言う彼らの言葉を、私は額面通りに受け取って、待っていました。ふつうベビーシッターの給料は、契約したものを直接手渡されるものです。でも結局、賃金補償はその一週間だけで、契約を解除されました。なんの準備もないまま、失業届を出すほかなかったのです。

その子どもたちの世話に全力を注いでいました。わざわざ言わなくても、私の仕事に敬意を払ってほしいと思います。コロナ危機で、私の生活は大打撃を受けています。コロナさえなければ、今も普通に仕事を続けていたはずです。

でも私のほうからまた彼らに連絡をとる気がしません。他の雇用主のほうが、私に対して心ある扱いをしてくれているからです。たとえば、マンハッタンに住むあるご老人のために、訪問で調理をしています。彼はコロナ禍の大変さをわかっているので、週2回の訪問契約なのに、3回分を事前に送金をしてくれました。乳母をしていた家庭にわざわざ電話して、請求をする気力もありません。彼らに振り回されるのが関の山です。

私には14歳の息子がいて、家賃も払わなければいけません。今は本当に生活が苦しい。とにかくニューヨーク市の厳戒令に従って、自宅待機をしています。みんな生きていたいのだから、ルールは守らなきゃ。

コロナで、35年来の親友を亡くしました。ジェナ・レインは、マンハッタンのイーストサイドでベビーシッターをしていました。彼女みたいな人にはめったに会えない。とても素晴らしい、かけがえのない大親友だったのです。

カリブ諸島出身の乳母や家政婦が、どんどんコロナで命を落としています。私たちは同業者のSNSグループを作っていて、誰かが亡くなるたびに訃報を投稿しています。カリブ出身者はもう10人から15人ぐらいになりますね。みんな働かずには生きていけなかったからこそ、死んでいった。お金が大切なことはわかるけど、仕事にはいけません。お金があっても、死んでしまったら、どうにもなりませんから。

証言3: 金持ちも、近くで見れば生きてるね。

私はシカゴで育ち、児童発達の学士号を取得しました。卒業後3年間乳母をしてから、ニューヨークに移りました。今働いている家族は、ニュージャージーに別荘を持っています。広い家なので、私の婚約者とペットの犬と猫も連れてきていいと言われました。でも彼は都市部で仕事をしているので、私一人で住み込みを始めました。

別荘に着いて驚いたのですが、私の雇用主は隣り合う建物をいくつも所有していました。そこに彼らの大学時代の友人や、子どもの叔父や叔母たちもいます。つまり同じユニットに8人が住んでいるのです。またここには、セレブも訪れます。「ビーチハウスに引っ越すよ」と言われたときは、もう少し規模の小さいものを予想していたのですが、どうやら全国に別荘をいくつも持っているようです。

彼らはよく親戚同士で集まります。このあいだプール開きについて私も相談されました。子どもの叔父はすぐにでもプールに水を張りたいと言い、他の人は「もうすこし暖かくなるまで待とう」と言います。聞かれたので「私は自分の家にプールがないけど、もう泳げると思います」と自分の考えを述べたら、笑われました。たぶん私が別世界の人間なので、笑うしかなかったのでしょう。

食べ物から化粧水まで、ここでの生活に必要なものは、何でも買ってもらえます。彼らにとってははした金です。一緒にオンラインショッピングにも誘われます。「ルルレモンのヨガパンツを一緒に買おう」なんて誘われると、その気になります。でも同時進行で「ロレックスがセールをやってるから、見てみようよ」などと誘われたところで、金銭感覚が全く違うので、ついていけません。

こうして雇用主と住むのは、少し気まずいものです。いつでも一線を越えないように注意しています。たとえば金曜日の夜に、自分の雇用主一家とワインを飲む行為は、彼らにとってはOKでしょう。私は雇われている側なので、あまりリラックスできません。

ある晩マルガリータを作る手伝いをしました。「一緒に飲もうよ!好きなだけ飲んでいいから!飲めるなら100杯でも!」と誘われました。でも上司と一緒に100杯もカクテルを作りたいですか?彼ら一家だけでなく、大学時代の仲間たちからも、よくお酒を使ったゲームに誘われます。仲間外れでなくてホッとしました。でも、これが彼らとのちょうどよい距離感だとは思えません。もし酔っ払って、なにかしでかしたら?

コロナ危機で、雇用主と一緒に過ごすようになって、少し彼らも人間めいて見えてきました。大学時代にワインを一箱分飲んで酔いつぶれた話などをしてくれます。以前は彼らのことを、働かなくても、親の援助で大学に行けた、ただの金持ちぐらいに思っていました。「僕たちだってバーテンダーしてたことあるよ。だからサービス業の人とは通じ合えるんだ」などと彼らも言うのです。

彼らは感染を広めないように気を使っています。出かけたり、リスクのある行動は全くしません。でも他に心配事の一つもないシャボン玉のような世界に暮らしています。その外では人々が家を失うことや、飢えることを心配していますね。誰かが家賃に1000ドルも取られて、ホームレスになるかもしれないというときに、「退屈だから、倉庫からみんなボートを持って集合!」などと言う人たちもいるのです。お金があれば、怖いものなしなのかな。なんだか腹が立ちます。

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証言4:大変な時に、あなたを虐待する人も出てくる。

私の乳母歴は17年です。2年前からは赤ちゃんの乳母をしています。普段はブロンクスの自宅から、バッテリーパークのお宅まで電車通勤です。でももう53歳なので、感染しないか不安です。電車に乗る用事を避けて、自宅待機をしています。そのご家族にも、電車に乗って仕事に行かない旨は伝えてありました

夫の母、つまり私の子どもにとっては祖母がコロナでなくなりました。母国ドミニカ共和国にいる自分の娘も感染しました。幸いにも治りましたが、ここで私が感染するわけにはいきません。

米国に来て22年になります。でも未だに就労許可も下りず、健康保険にも未加入です。

「契約期間でも、仕事に来られないなら何も払わないよ」
「ご心配なく。元気でいられれば、また雇ってくれる人も現れますから」

罪悪感を感じたらしく、給料の半分を出すと言ってきました。その必要はない、とその時の私は言いました。先週、雇用主の女性からまた電話がありました。

「ニューヨークの郊外に家を借りたから、一緒に暮らさない?」
「孫がいるので、無理です」
「一緒に連れてきて。あなたの孫の部屋も用意するから」

食べ物と着るものだけを用意して、彼女の夫の車に乗りこむことになりました。郊外の家に着いて、労働条件の確認をしました。

「普段は週給800ドルですが、住み込みでおいくらいただけますか?」
「あなたの孫の食費をぬいて週500ドルではどうかしら?」
「先日お話したように、孫の世話は私がします。食費で300ドル請求されるとは思っていませんでした。」

先週の金曜日、彼らは--インターネットの接続が悪いという理由で--北ペンシルバニアのポノコスに引っ越すと言い出しました。一緒に来ないかと誘われ、一度は考えたものの断りました。

「無理をしてご一緒しても、振り回されるだけです。」
「それって、もう働きたくないってこと?」
「私は自分の家に帰りたいだけです。」

私は一生懸命働いていました。孫のために作った夕食を探しに台所をみたら、雇用主一家が全部平らげたあとでした。私は彼らの皿まで洗いました。乳母として雇われたのに、家政婦扱いです。コロナで大変なときに、自分より立場の弱い人につけこんで、虐待する人もいるということです。

彼女の子どもは私にとても懐いています。私に夢中で、とても愛情深く接してきます。
そのことを思えばこそ、雇用主に言いにくいことを言いました。

「今後、私への口のきき方に気をつけてください。
あなたは、お子さんに接するときは、とても丁寧ですね。
同じような気持ちで、私に話してみたらいかがでしょうか?」

証言5: 空気を読んで、自分のことを後回しにする。

私が住み込みで働いている雇用主の一家とは、うまく意思疎通がとれているほうだと感じています。お互いに隠さずに、伝えるべきことは伝えてあって来ました。もし具合の悪くなる人がでたら、連絡しあおうとも話し合ってありました。

数週間前、私の接触した友人で、コロナウィルスの陽性反応が出た人がいると聞かされました。私はすぐに雇用主に告げ、医者に連絡を取り、その家で自主隔離を始めました。

家はコネチカットの郊外にあります。広い敷地内で、私のために用意された離れには、寝室、浴室、クローゼットと、キッチンまであります。全て私専用です。窓も多いので、日光と新鮮な空気はふんだんにあります。隔離生活に入るにあたって、雇用主の一家とは、沢山のことを話し合っておきました。私が毎朝、新しい理念、トイレットペーパー、できたての食事、ちゃんと濃いコーヒーが飲めるように、配慮すると約束してくれました。

そこまで配慮されすぎると、あとがつづかなくなります。当初、私はベビーシッターとして契約をしました。でも自主隔離が空けると、一家全員の面倒を見なければなりませんでした。家族それぞれについて、必要なもの、ほしいものを、私が把握して、用意するのが当たり前だとされました。日課で決めたとおりにジムで運動をしているか、親が家で仕事をする間の子どもたちの動きなど。全員の食事も、私一人で用意しなければなりませんでした。

こういう仕事では、他人のニーズや欲求が何よりも最優先されます。自分のことは後回しです。サービス業界の人には馴染みがなく、不自然に感じるかもしれません。でも私にとっては、常に他人優先です。すべて自分で塩梅を見計らって、どうにかしないといけません。この暮らし方が長引くなら、働き方を調整しなければならないので、自分から呼びかけて話し合いをしました。そうはいっても、なにかしら柔軟性を提示しないと、この仕事は務まりません。この家に出入りする他の労働者との兼ね合いについて話すときも、私は空気を読んで、「モップの片付けなら私がします」などと提案するのです。

先日、この一家の母親から「今夜は台所に鍵をかけるけど、その前にお茶はいる?」と聞かれました。「ぜひ!いただきます。」とは言ったものの、その後別の感情がわいてきました。「お茶をいただきましたが、本当は、私があなたのお世話をすべきなだから、申し訳ない気持ちになっている」と携帯からメッセージを送りました。彼女からは「今日は私があなたのお世話をする番ですよ」と返事がありました。

文中イラスト: Patrick Leger



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