あたしは三毛猫ちゃん
あたしの恋人は、あたしのことを時々「ねこちゃん」と呼ぶ。
「よしよし、可愛いねこちゃんね」「ねこちゃん、こっちにおいで」
それは、たいていあたしを甘やかすときだ。あたしは、迷わず「にゃあ」と答えて彼の腕の中にすっぽりと収まる。
「あたしをたとえるとしたら何だろう?」
あたしはその時、今春会社に提出する自己紹介用のテキストを書いていて、恋人にそう尋ねてみた。
「猫かなぁ」
恋人は即答した。
「猫みたいな人、というか」
「ふぅん」
猫みたいな人。それは何だか良い面と悪い面がありそうだなぁ、と思いながら、しかしあたしはそのことを会社の人には教えないことにした。
あたしのことを「ねこちゃん」と呼ぶのは、恋人だけでいい。
あたし自身、世の中の人間を「犬系」か「猫系」に二分したら、あたしは間違いなく「猫系」だろうと思っている。
従属することには、どうしても虫唾が走る。つまりは、あたしはあたしの意思が一番重要だということ。
ある日、ベッドの中で恋人があたしの名前を呼んだ。なぁに、と恋人の胸に身体を寄り添わせると、恋人はいつものように慣れた手つきであたしの頭をなでた。
「三毛猫ちゃん」
そう言って、身体を抱きしめる。
「あたしのこと?」
恋人に抱きすくめられているので、くぐもった声しかでない。
「あたしは三毛猫なの?」
「そうねぇ」
恋人は少し考えて、そう言った。
「三毛猫ちゃんだろうね」
それを聞いて、あたしは笑ってしまう。たしかに、あたしは三毛猫だ。
けっして華やかな見た目ではないから洋猫の類ではないだろうし、サビ猫やトラ猫ほど渋いわけでもない。実に言い得て妙なのだ。
「じゃあダーリンも猫ね」
同じく猫でないと発情期に交尾ができない。
恋人の広くて厚みのある胸は、真っ白でむちむちとしている。その胸をじっと見つめて、あたしは言った。
「ダーリンは白い猫ね、大きな大きな立派な白猫だと思う」
「にゃあ」
恋人はあたしを真似て、楽しそうにそう答えた。
一般的に三毛猫は、他の猫よりも寿命が長いらしい。あたしは持病の治療のために強い薬を長期間使ったせいで、寿命の一部を前借りしてしまっている。おそらくすでに人生の半分を折り返してしまった。
しかし三毛猫ならば、恋人の白猫のそばで少しは長く生きることができるはずだ。そうであってほしい。
そう願いながらあたしは、恋人の隣で眠りについた。
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