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ある日暮れ【掌編】

 溢れ出す朱色の光。光に飲まれ滲む窓枠。やがて消失する。崩壊する。まるで洪水のように注がれる夕陽。私の部屋に。壁に飛び散る夕陽の飛沫はシミをつくる。血しぶきみたい。永久に消えることのないシミ。
 熱い。手の甲が。押し付けられる夕陽の刻印。もう逃れることなど出来ない。やがて部屋は夕陽に満たされるだろう。私は夕陽の底に沈み溺れるのだ。
 揺れるカーテン。炎に包まれる。立ち上る火の粉。天井にぶつかり私に降り注ぐ。炎の雨。掌で受け止めると、皮膚の焼ける匂いがする。
 夕陽は私の膝小僧まで迫っていた。じゃぶじゃぶと夕陽の中を進み、部屋の扉まで移動する。ドアノブに触るとあまりの熱さに飛びのいた。やはりこの部屋からは逃れられない。逃れようとしているのか。望んだのは私なのに。日暮れに飲まれ消えたいと望んだのは私なのに。
 なるべく高いところへと机の上に移動する。窓からはとめどなく夕陽が注がれている。懐かしい香りがする。雨上がりの土の匂い。夜露に濡れた草の匂い。甘い蜜があると私だけが知っていたあの花の匂い。
 足元の机の脚から炎が生まれる。机の燃える匂いは、あの懐かしい香りをかき消してしまう。机はやがてバランスを崩した。私は夕陽の中に落ちた。
 熱くはなかった。柔らかく私を包み込む夕陽。心地いいと感じたのは一瞬。息が出来ない。苦しい。息をしようと大きく口を開ける。すると夕陽を飲み込んでしまった。舌が熱い。喉が熱い。燃えていく。私は中から燃えていく。焦げていく。炎が生まれる。炎は私の腹を裂き吹き出した。
 私の身体を飲み込む炎。また懐かしい香りがした時、もう熱くはなかった。
 夕陽になる。私は夕陽になる。

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