本当に知りませんか?

 ある夏の蒸し暑い日、純一という既婚の男が100万円の大金を用意して浮気相手のアパートに行き、別れ話を切り出しまし た。 ところが、女はきかず話がこじれ、しまいには二人で心中しようということ になりました。
 そして、その日の夜中、2人は身投げしようと近くの橋に行きましたが、しかし、 流れのはやい川を眼下にして、女は急に怖じ気づいてしまい、純一の背中をポンと押して川に突き落として、そうして自分だけ帰ってしまいました。
 それから2週間経った雨の夕暮れ、警官が1人、女のアパートへやってきました。 警官は雫のついた制帽を深くかぶり、その顔は陰になって見えないのだけれど、
「今朝早く、近くの川岸で男の死体が上がったんですけど、何か知りませんか?」
と、聞いた。女は、
「知りません」
と答えて、さっさと玄関のドアを閉めようとしました。が、警官は落ち着いて、その 隙間に片足を挟んで、
「本当に知りませんか?」
「ええ、私は何も知りません」
「本当に知りませんか?」
「ええ、知りません」
「本当に?」
「しつこいですね。他の人に聞いてください!」
「これでも」
と言って、警官が制帽を剥ぎ取った、次の瞬間、
「きゃあー」
と悲鳴を上げて、女は気を失ってしまいました。何故なら、生暖かい雨の降りしきる中、玄関に倒れる女の姿を見下ろす警官の顔は、右半分がドロドロに腐乱した純一の顔だったからです。


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