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言葉ごときを謳う歌の話

昨年は自分史上であまりにも特異的にお歌を聴いて、そしてお歌を歌っていた。

たぶん、今までの人生での歌唱時間を2022年の半年で超えたと思う。そんななかで、たいそう気に入った曲ができた。

ヨルシカの『春泥棒』だ。

ヨルシカといえば、音楽ライターの満島エリオさんが書かれていた名作エッセイを読んで、えらく感銘を受けたのを覚えている。とんでもない書きっぷりの人がいたものだ。当然、彼女が書いたエッセイの主題である曲を聴いたことなんてなかったけれど。

無音と雨音、それから焚き火の爆ぜる音をYOUTUBEで流しながら日々の生活を送っている。本当は仕事柄、なんでも流行に敏感になっておくべきとは思っていても、なかなか習慣がつかなかった。自分の知らない音が生活中に聞こえるのが苦手だし。

思えば最後に「音楽」にふれたのは大学時代だ。当時「音楽を好きな人ってどんな人たちなのだろう!」とワクワクドキドキ社会科見学気分でバンドサークルの門を叩き、雑に所属していたことがあるのだが、入部動機が「それ」なので、特に音を楽しむことなく何度かライブに出演して退部した。

ちなみに、この3年でAppleミュージックから購入したのは、満島エリオさんのエッセイを読んで、なんとなく曲名が気になった『だから僕は音楽を辞めた』だけである。たしか、同名のアルバムの表題作。この曲だけ当時たぶん100回くらいリピートしたが、他の曲を聴こうとは思わなかった当たりが「音楽を聴く習慣がない人」である。

さてそんな中で、色々な巡り合わせで、カラオケ機能付きの配信アプリでVライバー的な配信をするようになった。とはいえ、冒頭の「特異的」というワードチョイスからもおわかりいただける通り、音楽……とりわけポップスとは無縁の人生を送ってきたわけで。配信アプリをダウンロードして当初は誰も彼もが私の知らん歌を大熱唱していて、正直、戸惑った。いや、「カラオケ機能付きの配信アプリ」なのだから、カラオケにまったく興味のない自分の方が門外漢なのだけれど。

カラオケというのは学生時代からはじまる社会的なお付き合いのなかで必要に駆られて出かける場所であって、「歌いたい歌があるので」カラオケに行ったことなんて、多分ほとんどないと思う。そんなわけで、たいそう戸惑いながらもアプリを起動しては色々な歌と色々な人を眺めて回っていた。歌のことはよくわからないけれど、人間は好きだ(と思う)から、それは苦にはならなかった。

さて、『春泥棒』である。
初夏にアプリをダウンロードした関係で、桜が散って夏がやってくる情景を描いたこの歌がアプリ内で大層流行していた。「わー、こんな歌があるのだなぁ」くらいのぬるい温度で色々な配信者の歌を聴いていたのだけれど、ある日、ふと耳に入ってきた歌声がえらく気に入ってしまった。

彼はそもそもがとても歌のうまい人なのだけれど、それと同じくらいに物語や言葉が好きな人なのか、歌詞とそれに含まれる音の要素を丁寧に扱う人だった。栄養がある歌い方だと思った。

大サビ前のオケの音数がほんのわずかな中で、ヨルシカは歌う。

愛を歌えば言葉足らず
踏む韻さえ億劫
花開いた今を言葉如きが語れるものか

ヨルシカ『春泥棒』

えらい歌詞だと思った。
どこからどう見ても言葉に凝りに凝った作詞をしているアーティストであろうに、言葉如きが桜の花ひとつを語るにはあまりにも足りないと嘯く。

その言葉如きを並べ立てて、こんなにも綺麗に初夏の訪れを歌っているのに。

でも、本当にそうなのだ。
喋ることも、語ることも、こうして文を紡ぐことも大好きで、たとえ好きではいられない時期にもそれをやめることができなかったのだけれど、心や景色や流れる季節、ここにはない世界やもういない人のことを語るときに言葉が足りたことなんて、やっぱりなかったように思う。そのままならなさを、こんなにも綺麗な歌にしてきっぱりと言い放つなんて、なんて胆力だろうと思った。

この人たち、バカ売れてるアーティストのくせに『だから僕は音楽を辞めた』とか書いちゃう人たちだから素直に感動なんてしてやらないけど。それでも、やっぱりこの歌を好きにならずにはいられなくて、なんだかズルいし悔しいし、とても好ましい。この気持ちをなんて語っていいかは、わからないけど。

いつだって世界を語るには言葉では足りなすぎる。どんなに言葉と理屈を重ねても、レトリックを弄しても、言葉足らずや誤解やすれ違いを繰り返して。補足も弁明もままならなくて、それでも語りたくて、どうにか自分の眺める世界を誰かと分かち合いたくて、だから今もこうして通勤電車に揺られながら言葉を並べているくらいには──。

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