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君に触れ

たしかに経験したはずなのに
振り返るとまるで
白黒の無声映画の様で
無味無臭のそれは
平面的でばらばらに千切れている

きっとそれは
足の裏から下方向に向かって
反対側にある世界で
私の一部が根付いているけれど
交わることのない世界なんだと
だから不安でも悲しくても
どこか他人事でいられた

なのにあの日は違う
窓辺に鮮やかなグリーンと
味がしそうなくらいのオレンジが
眩しかったのを覚えている
窓を開けば
くすくす笑って入ってきた
春の香りを覚えている
外へ出て並んで歩けば
あまりの楽しさに近づいてきた
腕の温度を覚えている
人混みから離れ
息をひそめて
頬を寄せた感触を
覚えている

感覚で感じたものが
現実であるならば
現実たり得るほどに
鮮明に焼きついている
少なくとも
足の裏の方向ではない

そう言い聞かせて肘ついて
今日もガラスの向こうの君を見る
触れることのない君をまた
夢に見る