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昔の別れを振り返る【前編】

取材先は、昔の恋人が働いている会社だった。

ライターの仕事を始めた私は、記事を書くために取材先へ出向いた。先方と名刺交換をした際にそれに気づいたのだ。現場の社名だけでリサーチをしていたから当日まで気づかなかったが、母体となる会社が元恋人の働き先だった。彼がこの場所で勤務しているわけではないし、まだ働いているかどうかもわからない。ただ、名刺に載っている会社のロゴを見て少し動揺した。

その人との別れについて、今まで思い出すことも話題にすることも避けていた。親や友達にも自分の気持ちを言葉にしなかった。心の整理がついていなかったのかもしれない。そっと封印した記憶だった。

発散しない気持ちを抱えていると、ずっと心を痛め続けるものなのだろうか。前に進んでるはずなのに、この気持ちを言葉にできないのが悔しかった。今日は自分の気持ちを整理をするために文章を書こうと思う。

遠い見知らぬ人

彼とは大学生の時にアルバイト先で知り合った。とても明るくて爽やかな人だった。最初は想われることが心地良くて一緒にいたが、時間を重ねるごとに私も好きになっていった。学生時代のほとんどを彼と過ごしていたように思う。お互いの両親を紹介しながら未来を想像した。その時は彼と家族になれるかもしれないと思えた。

私より年上の彼は先に社会人になった。会えない日も増えたが、入社して新しいことに挑戦している彼が眩しかった。「負けてられない」と思って私も就職活動を前向きに取り組めた。

ある日、内緒で迎えに行って驚かせよう思い、連絡をせず彼の会社に寄ったことがあった。窓の隙間からパソコンに向かって仕事をしている彼の姿が見えた。

その姿を道路越しに見つけた時、どうしようもない淋しさを感じた。その姿は私が好きだった彼ではなく、遠い見知らぬ人のように見えた。ふたりの進む道は違うのかもしれない。直感的にそう思ってしまった。そのまま声をかけずに帰ったのを覚えている。

別れる予感を認めたくなかった

私が社会人になった後、ますます会うことは難しくなった。会社の先輩や同期に囲まれ、切磋琢磨する日々。彼を振り返る余裕がなかったし、彼も同様だったと思う。

その時の私は、薄々別れることになると感じていたと思う。その事実を認めたくなくて、私は彼の気持ちを試すように責めたりした。自分への愛情は本当なのか?こんなヒステリーを起こしている私を愛し続けられるかと。今思うと子どもっぽい愛情表現だった。

その後、彼が東京に転勤することになった。その時の私は県をまたいで仕事をするという意識はほとんどなかったが、「東京で生きる」ということを初めて真剣に考えた。

しかし、当時の私は仕事が忙しく、任されている重要な企画があったので、すぐに名古屋を離れることはできなかった。「落ち着いたら東京で彼と暮らそう」。それを目標にして遠距離恋愛を受け入れた。

すれ違い

月に一度、彼の住む東京のマンションに向かう日々が始まった。交通費は正直痛い出費だったが、未来のふたりのためだと思うようにした。休日が合わないため、私が東京に会いに行っても、彼は朝仕事に向かってしまう。夜も遅くに帰ってきた。一人暮らしのワンルームにひとり取り残される。淋しさを紛らわすために、原宿を散策しながら気持ちを晴らした。

新しい場所に順応するのが大変なんだろうと、私は思うようにした。それでも我慢しきれず、彼を責めたこともある。

「私の電話番号、なにも見ないで言える?私はあなたの番号を言えるよ。どんなときでも連絡とれるように覚えてる。……わからないってことは私のこと、それくらいにしか思ってないんだよ」。

「思いの差」を突き詰めても仕方がないのに、不満を口にすることでしか気持ちの伝え方がわからなかった。彼は黙ったまま悲しい顔をしていたように思う。あの頃の私は、愛することより愛されることを望んでいた。

失望と偽り

その生活が3ヶ月ほど続いた。彼は仕事中でも私が部屋で待ってていられるようにと、合鍵を渡してくれていた。その日は新幹線に乗ってそのまま彼の部屋に向かった。彼のいない部屋に一人。ふと、洗面所の下の扉を開けた。

女性用のバス用品があった。使ってる形跡の。

私以外の人が泊まっている。瞬時に思った。おそらく、彼はこれがあることを知らない。その人の宣戦布告。すごく、悲しかった。

仕事から帰ってきた彼に問い詰めると、わけのわからない言い訳をしていた。そんなわけないだろ?というような。

それなのに、私は納得したフリをしたのである。この関係がすぐに壊れる気がして怖かったからだと思う。「私がその人に負けるわけがない、彼の気の迷いだ」と自分に言い聞かせていた。私はこれを一番後悔している。その時にはっきりとさせるべきだった。彼の気持ちを直接聞けたかもしれないのに。

【後編へ続く】


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