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映画「怪物」感想

是枝裕和監督の作品を観たあと、
「あぁ、あの人達はこの後どうなったんだろう。
今、このとき、どんな生活をしているだろう。」
と、物思いにふける。
次の日にも引きずって、歩いてるときに自分のスニーカーの先を見ながらまだ考えていたりするし、
3年後に電車に乗っているとき、ふと思い出すこともある。

坂元裕二脚本の作品を観ていると、
胸のメモに残しておきたい言葉が出てくる。
その台詞を忘れないように、作品を観ながらこころの中で何度か復唱する。
いつの日か“そのとき”が来たら、さっと取り出して、自分や誰かにその言葉をかけるために。

またそんな作品に出会えるのかな、という期待と覚悟を胸に、是枝裕和× 坂元裕二× 坂本龍一がタッグを組む映画『怪物』を観てきた。

※個人的な感想とイラストです。
本編の重大なネタバレはしていませんが、先入観なく見たい方はご遠慮下さい。


『怪物』という、タイトルからは、悪人の犯人探しゲームか何かかと思っていたが、
物語が進んでゆき、しだいに風合いが変わってくる。
そういう次元の話じゃ無い。
最初はシングルマザーの[麦野早織]の目線から始まり、早織の息子、湊の担任[保利道敏]、最後は[子ども達]のサイドになっていく。
細部に渡る緻密な構成だ。
複雑で込み入っていて、何かを本当の意味で知ろうとすれば、闇は深く、手に余る。
『怪物』というセンセーショナルな言葉を逆手に取り、タイトルに引かれて観に来た客に本当に問い掛けたいものを訴えている、とさえ思う。

観ている間、感じたのは、
あぁ、そうだった。
人間の世界ってそんなに簡単じゃない。
見えてるもの、伝えること、
なぜか、説明できると、理解できてると思っていた。
うわさ、口コミ、メディア、いつだって私たちは「分かりやすい答え」を作りたがる。
それはルービックキューブみたいな複雑な物事を、たった1面で表そうとするからだ。
見れば見るほど、
「完璧な終わりなんてない。簡単な着地点は用意してないよ。」
と、製作陣から言われているようだ。
漫画みたいに、派手な展開や決着なんてもんは無い。
それが私たちの生きているリアルだからだ。

まだこの先、人生は続く。
自分はこれからどうやって人と向き合っていこう。
パートナーである夫でも、娘でも、良く知る友人でも、これから合う人でも。
完璧に理解するのは不可能だけど、それでも何かを最初から決めつけたりしないで、耳を傾けて、昨日より向き合いたい、人間というものを理解する為に、日々試行錯誤する人でありたい。
と、感じた。

泣かせにくる作品ではない。
なのにラストシーンの後、暗転してから坂本龍一さんの曲がかかった瞬間、
エンドロールの文字が滲んだ。
それは少年たちのあどけない頬の膨らみが、あまりに瑞々しかったからかもしれない。

映画『怪物』より

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