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羊飼いの君へ

月あかりが、ぼんやり照らす夜の道。

ワイヤレスイヤホンからSpotifyで「さらさ」の『踊り』が流れてきた。
少し気怠げな歌声に、懐かしい匂いがした。
空を見上げながら、ぐるりと記憶を辿る。
頭が覚えていると言うより、体が覚えている感じ。

『踊り』は2022年にリリースされたアルバム「Inner Ocean」に収録されている曲らしい。
懐かしさはもっともっと、奥の方。
積み重なった本の下から匂い立っている。
なんだっけ、これ。

そうだ、「UA」だ。

声が似ている訳ではないけれど、この曲は音を受けた私の体の状態が、似ている感じになる。
コップの水が振動で弾かれてブルブルするみたいに。
人の体は60%くらいの水分で構成されているらしい。
歩きながら、たぷんと、体の中の透明な水が跳ねるさまを思い浮かべた。

ふと、頭に浮かんだ友人がいる。
今はどんな手を使っても会えないけれど。

よく晴れた、蒸し暑い6月。
日比谷公園の中にある、日比谷野外大音楽堂にてUAのデビュー15周年記念ワンマンライブが行われた。
13年も前の2010年だ。

彼は当時、私が働いていた店の、隣のまた隣の店で働いていた。お客さんで来たときに世間話するようになり、
「クラブでライブペイントするイベントがあるんだ。」
と、私がフライヤーを渡すと、ひょっこりと遊びに来てくれた。
ときに、共通の友人と横浜の中華街に行ったりした。
帰り道、UAの話で盛り上がり、ライブに誘われて行くことになった。
「ベストは聴いたことはあるけど、アルバムは持ってないや。」
そう言った私に、
Golden greenのCDをROMに焼いて持ってきてくれた。

ライブ当日。
光の屈折が眩しい。
私は水色のタイダイのノースリーブに白いショートパンツだった記憶があるので、相当な夏日だったと思う。
「UAのライブは良く雨が降るらしいよ。」
彼はこんなことを言っていた。

日比谷には沖縄のように青い空が広がり、片手にビールを持つ観客の姿がある。
18:00を過ぎたころ。
UAが歌い始めて、しばらく経つと彼の予言は的中した。
夜空からパラパラと雨が降ってきた。
ステージの照明が弾かれたように煌めく。
まばらな雨は心地よく、そうしてアンコールが始まった。
清々しく暑い夏、まさに今日1日を表す色、
『水色』で締めくくられた。

ライブのあと公園の近くのサブウェイに寄って、駅へ流れる人が捌けるのを待った。
誰かとライブへ行くと、感想を言い合えるからいい。
2階の窓から覗き見ると、公園の人はまばらになっていた。

「この間買ったmelissaの靴のサイズが合わなかったんだけど、なんか良い方法ないかなぁ。」

「素材なに。」

まだ帰らずにダラダラと、他愛もないこんな会話をしたのを覚えている。
友人は平穏と音楽を愛する。
いつ話しても羊飼いみたいな人だなぁと思っていた。

また会えるなら、言おう。
君が好きそうな歌をみつけたよ。
さらさのライブを狙ってるから、もしいつか、私がチケットを取ったら聴きに行こう。

Spotifyからは色気のない広告が流れた。



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