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昨日見た夢を思い出せない 2(中編小説)




母親から切羽詰った声で電話が入った。
「あんた、今どこ?」
「店の前」
「ちょっと待って。そこにいて」
電話では見えるはずがない怪訝顔と首をかしげる仕草も、母にはさすがに通じるらしい。
「こっち来ないで」
「わかった」
短く答えて電話を切ると、開きかけた入口でくるっと方向転換する。
何事か起きたに違いない。今度はメッセージが入る。これは父からだ。
(向こうの娘さん、来なかったみたいだ。あっちのお母さんがパニックになってて、いま仲人さんが宥めてる)

「お見合いというシステムはまことに奇妙なものです。伊笹くん。いさざ…たくや?」
仲人口とやらをしようとしている爺さんは雅な仕草で隣を向いて確かめ、「奥さん」は目を輝かせ熱心にうなずいた。実のところこの「奧さん」こそこの騒ぎの元凶、第一戦犯で、彼の取引先の上司だった。爺さんは目の前のテーブルに手を組んでいる。その手もやたらとつやつやしていて、あの時から、変な感じだなとは思ったんだ。
変な状況に放り込まれたなと。
「奇妙なものですけどこれがとても合理的なシステムなんですよ。最近流行りの婚活サイトと違って、こういうおばさん連中が、この二人なら合うんじゃないかと話しながら事を進めます。成約率もずっと高いんです」
皮膚はまだらであちこち色素の沈着が見える。手の艶とは対照的だ。
「やはりこういうことはね、順を踏んできちんとしないといけないのに、こいつが急ぐからね。本当は親御さんもいる方が良かったんだが。形は大事です。形はね」
しかし気取りたがる中高年齢男性ってどうしてこうヒゲスタイルを好むんだろう。彼の父親もそうで、伊笹はいつも剃っちまえと口に出さないまでも思っている。
でも彼は言わない。はあ、とも口に出さずに丁重に頭を下げた。

あの爺さんと本部長さんにも会わずにすむんだろうか。それならそれでいい。
父親からメッセージが入った。
(今な、お母さんと二人であちらのお母さんまいたから…)
そこでいきなり通話に切り替わった。母の甲高い怒った声が聞こえる。まいたって何よまいたって。きちんとご挨拶してお別れしたのよ。父の声が耳元に困ったように囁いた。
「まあとりあえず、せっかくだから別の所で飯でも食おう」

道がわからないだろう両親のために、新幹線コンコースに近い名古屋駅の太閤通口で彼は両親を待った。薄暗がりの中に灯りがともりはじめ、これから街は目覚めようとしている。ゆっくりとまぶたを開き上空に向かって腕を伸ばすと漆黒の髪がゆるやかに広がって場の気配を満たしていく。
仲人になりたがっている爺さんと奧さんの夫婦によって親の顔合わせ場所に指定されたのは、名古屋駅に隣接している高島屋上階のレストランだった。彼の両親は東京から、彼女の母親は岡山からきて、彼と彼女の勤務先がある名古屋で落ち合う、そういう話だった。

伊笹の両親は少し早めについて仲人口と挨拶をし合い、談笑していた所に、向こうの母親が血相変えて飛び込んでくる。「奧さん」が立ち上がった。
「三浜さん、どうしたの?」
「それが、それが、途中でいなくなってしまって…」
「いなくなった?おとわちゃんが?」
「わからないの!新幹線を降りる時はもういなくて、携帯にかけてみたんだけど、どれだけかけてもつながらないし。どうしよう。どうすれば?」
しっかりした身なりをした大人たち数名が皆、立ち上がってただならない雰囲気になったのを店員も気にして振り返る。伊笹の両親は口をはさんだ。
「それは心配だ」
「どうぞどうぞ、行って探してあげて」

どこからこんな事態になったのか。彼はエンジニアといっても、まだたまごだ。始めてまかされた大きな仕事で、先輩と組んで、システム構築に行った会社で本部長さんに気に入られた。女性の本部長さんで、それがあの「奧さん」だった。
「ちょっと変なこと言うようだけど、会わせたい子がいるんだけど」
伊笹はあからさまに眉を寄せてしまった。
「いえね、この会社の子じゃないのよ。わたしの娘…」
それはまたさらにまずい。顔色に出たのを向こうも察して慌ててことばを続ける。
「…娘の友達で、とってもいい子なんだけどね、勝手なこと言うようだけどあなたとすごくイメージがぴったりなのよ」
先輩は横から面白そうな顔で見ている。
「へえ。こいつほんっとしゃべんないですよ」
「ええそこがね、いいなって」
「自分、バツイチなんで」
「ええ!バツイチ!」
大きな声を出した。
「あらまあ、そう…そのう、会わせたい人がいるってことだけ、ちょっとした話だけでもお教えしてもいい?」

話を持ち込んできた本部長さんはともかく、あのヒゲ爺さんが現れたあのときから、胡散臭いと思っていた。何かあるはずだと思っていた。
親は肩を落としている。特に母親の落胆ぶりは当人である彼も当惑するほどだった。
「やっぱり、だめだったのかね…」
「そんな事ないよ。だめなんて言うなよ」
「この子は口下手だけどまじめなの。まじめに、まっとうにやって生きてたらいつか報われるって思ってたのに」
まるでいまの彼が不幸で報われてないみたいな言い方をする。
「大丈夫か?お前」
父親が顔を覗き込んでいる。
彼は短く答えた。
「大丈夫」
最初から何も期待してないから。
連絡がなければそのままだ。ただ、どこかでけじめはつけないといけないだろう。
「何で何も言わないのよ!何か言いなさいよ」
突然、母が大きな声を出した。
「こういう時ぐらい何か言いなさいよ。何かあるでしょ?あんたバカにされてんのよ?ここまで話が進んで親まで呼んどいて、すっぽかされたのよ何考えてんの?怒るとかさ、何とかあるでしょう。ロボットじゃないんだから」
「いやいやまあまあ、ロボットなわけないでしょ。こいつだって傷ついてんだから」
また二人で自己完結している。
二人でぺちゃくちゃおしゃべりした結果、勝手に決めつけて俺の話を聞く気もない。こっちも話す気もないし、わかってもらえるとも思えないし、前からあきらめている。

親を新幹線口に押し込んで駅構内を歩く。何だか今日は家に帰りたくなかった。
離婚してから今は狭い1LDKで気ままな一人暮らし、帰って寝るだけの生活でマイペースに暮らしている。本当は今度の話も半信半疑、何か裏があるのじゃないかと疑ってかかるぐらいがちょうどいいと思っていたし、妙に話が早く運び過ぎるなと思っていたから却ってほっとしたと言ってもいいくらいだった。ならなぜそうと言わなかったと聞かれればそこは彼にも非があるだろう。煌々と奇妙に明るい駅構内にひとり佇んで、人々は固い意思を抱き目的をもって足早に目的地へと通り過ぎていく。奇妙に胸が重くてモヤモヤする。居心地のいいあの部屋に、帰りたくなかった。

「本部長があんなこと言い出してびっくりした」
その日の夜は、出向先の若手社員たちに誘われていた。
「取引先から言われたらそらちょっと会わないとってなるよね。ごめんねあの人、いっつもああで」
「話題にしないで下さいよ」
わかってるって!含み笑いの社員はもうすっかりこの話をネタにする気満々だ。
「ここ、地元企業の外食産業でしょ。その子ね、フード配送の担当なんだって。娘さんの友達なんだけど、この会社とも関係あるわけ」
先輩は相手に聞いた。
「どんな感じの子ですか?」
「平凡な感じって言ってたよ。お見合い向きかもって。おじさんおばさんにモテそう。おとなしそうだっつってたかな?名前はわかんないごめん。また聞きで」
「いやいいです」
カランと扉が開いて、後から来るといっていた女の子が入ってきた。
「ああ、きたこれでそろった。じゃあ自己紹介はじめてくださーい」






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もっと早くにUPできるかと思ったのにこんな夜中になってしまった。
毎日投稿かなわず。
む…無念!


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