超短編小説|透明人間になった少女
いい? そんなことばかりしていると、いつか透明人間になるわよ。透明人間になると、みんなとおしゃべりできなくなるわ。外で鬼ごっことか、かくれんぼとか、とにかくみんなで遊ぶ楽しいことはできなくなるのよ。
母は昔、そんなことを言っていた。
幼かったわたしにとって、母の言っている言葉の意味なんて、まるで分からなかった。けれど母がわたしを叱るとき、いつもこの決まり文句を唱えていたことだけは、今でも鮮明に覚えている。
それから何年か経って、わたしは中学生になった。学校生活は決して順風満帆とは言えなかった。テストの点数が他の人よりも高いだけで妬まれたし、些細なことで友達と口論になった。
やがて、わたしは透明人間になっていた。
クラスのみんなには、わたしの姿が見えていなかった。こちらから目を合わせようとしても、クラスメイト達はいつも遠くを見ていた。声を掛けても、彼らにわたしの声は届かなかった。わたしの声は蓋をされたように閉ざされていた。
母の言っていた「透明人間」の意味がようやく分かった気がした。
放課後になると、わたしは図書室に向かった。そこはとても静かな場所だった。物音ひとつなかった。そのせいで、時々しーんという静寂の音が聞こえてくるほどだった。
わたしは本棚の間を歩いていく。耳を澄まして入念に本の声を聞く。本棚に目星を付けて、しばらくじっと目を凝らす。すると、わたしは一冊の本を見つける。
図書室が閉まるまで、わたしはその本と対話した。時には笑い、時には怒り、時には涙した。本はとても寛容だった。些細なことで喧嘩になることも、上から目線の同情もなかった。常に同じ目線に立って、色々なことをわたしに教えてくれた。
帰る時間になると、母からもらったピンクのしおりを挟んだ。それから、貸出カードに自分の名前と本のタイトル、今日の日付を記入して、図書室を出た。
<了>
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