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超短編小説|透明泥棒

【あらすじ】男は、会社が倒産し、無職を余儀なくされ、泥棒となった。ある日、いつものように空き巣に入ろうとすると、ある女性と出会う。彼女は科学者で「透明人間」になる力を男に授けた。その後、男に悲劇が・・・

「もっと楽に、安全にお金を手にすることはできないだろうか」

彼は、今年で三十歳を迎えた男。昨今の不景気で、会社が倒産し、無職となった。

仕事をするにしても、行くあてもなかった。彼は、しょうがなく盗みを働いた。

はじめは、住んでいる町から少し離れたスーパーを狙い、お惣菜をポケットにしまう。買わずにすごしていると怪しまれるので、少しだけ専用のフードパックに詰めて、レジに並ぶ。

慣れてくると、家に侵入して空き巣を働いた。前に働いていた鍵屋の仕事が活きてくる。鍵の構造を細部まで理解していたのだ。彼は毎回、慣れた手つきでピッキングを行う。


このような生活を、1年もつづけてきただろうか。時どき、とてつもない不安が彼を襲う。

「もっと楽に、安全にお金を手にすることはできないだろうか」

会社員時代、何かミスをしても他の仲間が手助けしてくれた。会社が守ってくれた。でも今は違う。一回のミスが命取りなのだ。

「透明人間になれたら、こんなに楽なことはないだろう」
彼はそんなことを考えながら、次にねらう家のそばで待ちぶせをしていた。

この家の奥さんが外出するのは、きまって午後三時。1時間も前からここで待つ。

「すみません。ちょっとよろしいですか。」
とつぜん背後から話しかけられた。もしかしたら、怪しまれたのかもしれない。彼は振り向くと、色白の若い女性が微笑んでこちらを見ていた。

「どうかされましたか」
「透明人間に興味はありませんか? 私は科学者です。」
そう言うと、彼女は従業員証を鞄から取り出した。確かにそこには、N研究所所長と記されている。

話を聞いてみると、透明人間の研究をしており、研究の効果を確かめるために、被験者をさがしているらしい。

「お願いします。実験台でも良いので、透明人間にしてください」
彼はわらにもすがる思いでその申し出を受け入れた。

すると、科学者は薬を取り出した。これを飲めば、透明人間になれるらしい。男は言われたとおりに錠剤を口にふくんだ。

すると、とつぜん意識がもうろうとしてきた。体がしだいに変化するのを感じた。


一体どのくらいたっただろうか。気づいたら、彼は芝生の上にいた。近くにはあの盗みに入ろうとしていた家が見える。あの女の姿はどこにもなかった。

彼は立ち上がり、周辺をうろうろ歩いてみた。近くの人が自分に気づく気配がまるでない。おまけに、人にぶつかろうとしても、透明なので通り抜ける。

ついに透明人間になれたのだ。男はまっすぐ直進し、ひとの家に侵入した。家に入ると、40代くらいの女性が台所でキャベツの千切りをしていた。やはり、自分に気づく様子がない。

リビングに向かうと、机の上には財布が無造作に置かれていた。財布の厚みからしてかなりの額が入っているのがわかった。

男はおそるおそる財布に手を伸ばす。背後も確認したが、女は自分に気づいていない。当たり前だ。透明人間になったのだから。

彼はすぐに異変に気づいた。
「触れない」
自分は透明人間なのだ。触ろうにも通り抜けてしまう。

「あの女に透明人間の戻し方を聞くべきだった」
これでは透明人間になった意味がない。


そばに置いてあった新聞に目をやった。そこには、8月15日と記されていた。あの女に会った翌日だ。さらに、そこには驚くべきものが書かれていた。

「なんで俺の名前が」
新聞には、男の名前がつづられていた。

お悔やみ申し上げます。
〇〇○さん。14日死去。30歳。告別式は16日午前11時に△△△で。

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