マガジンのカバー画像

やまとのショートストーリー|短編小説

59
自作の短編小説をまとめています。 どれも短いお話なので、手軽に読めます。
運営しているクリエイター

2021年5月の記事一覧

超短編小説| 2070年の整形時代

 私の朝は、発声練習からはじまる。目を覚ますと、伸びをして、カーテンを開けて朝日を浴びて、太陽に向かって大きな声を出す。 まままままままー、まままままままー  これが朝の日課である。憧れのあの声になりたくて、日々練習をしているのだ。楽に声を変える方法があればいいけど、そんなに甘くはないらしい。  練習を終えると、鏡を見ながら、整形を始めた。今日はどんな顔になろうかしら。私の生きる2070年の世界は、整形が日々の生活の一部として溶け込んでいる。専用のパックを使えば、手軽に家

超短編小説|天国と地獄

 世の中には、ゴーストライターという職業がある。ゴーストライターとは、小説などの作品を著者になり代わって執筆する者のことである。  小説家にとって、ゴーストライターを使うことは、生命線を失うことを意味する。ばれると大変なことになる。世間を騒がすことになる。そして、一度それに手を染めたら、抜け出せなくなる。  これは、小説家にかぎらず、粉飾決算でごまかした経営者や万引きを覚えてしまった少年少女と同じだ。人間は一度ラクを覚えると、後戻りができない生き物なのである。  男は、ま

超短編小説|新製品TEARAIBA

 A国では長年、水不足に悩まされていた。そのため国民は、手を洗ったり、うがいをしたりする習慣がなかった。水を使いすぎると、飲み水がなくなってしまうからである。  病気になることも多かった。常に風邪や食中毒が隣り合わせにあった。怪我をしても、水で洗い流すことはできない。雨が降るのを待つしかない。冬になると、インフルエンザも大流行した。  この事態に、ひとりの男が対策を講じるべく、立ち上がった。彼は、国を代表する天才科学者だった。  「所長、完成しました」  「何がだ?」  

超短編小説|壁に耳をすますとき

 一日の中で日常を忘れることができるのは、音楽を聴いている時だと思う。日々の暮らしに忙殺されるなかで、そのひと時だけが疲れ切った体に潤いを与えてくれる。ゆっくりとした時間の流れを許してくれる。  それは、ポップスでもいいし、ジャズでも、クラシックでも、ロックでもよかった。とくにジャンルは問わなかった。とにかく音楽を聴く行為こそが僕にとっての密かなぜいたくだった。 トントントン。トントントン。  目を覚ましたのは、隣の部屋の住人の音だった。ざらざらとした白い壁のむこうから

超短編小説|むすめの観察日記

 きいて、わたしね。寝なくても生きていけるの。お日様があって、お水があって、新鮮な空気があれば、それでいいの。だから、おいしい食べ物なんていらないし、ぜいたくな洋服もかわいい人形もいらないの。お外で日向ぼっこするのが生きがいなの。  おかしなことを言う子だった。でも、私はそんなむすめを愛おしく思った。我が子のように愛した。  いつも同じ場所で、同じ時間を過ごした。朝起きると、コップ1杯のお水を彼女に飲ませ、お昼はいっしょに日向ぼっこをする。夜になると、ねんねを共にする。ねん

超短編小説|猛獣と通勤電車

 通勤電車。そこは、いつも満員できゅうくつな場所だ。片手でつり革を握り、左右の足で重心を交互に切り替える。聞きなれたアナウンスや窓から広がるあの光景。日常のありふれたひと時だったが、もうないと思おうとどこかさびしい。  あの牢屋に入るまでは、毎日電車で通勤していた。だから、電車を降りると、いつもの駅があり、いつもの道があった。僕は、いつもここを通って会社へと足を運ぶ。そこには親しい同僚がいて、怒りっぽい上司がいた。楽しいこともあり、つらいこともあった。でも、今思えばそれも悪