超短編小説|新製品TEARAIBA

 A国では長年、水不足に悩まされていた。そのため国民は、手を洗ったり、うがいをしたりする習慣がなかった。水を使いすぎると、飲み水がなくなってしまうからである。
 病気になることも多かった。常に風邪や食中毒が隣り合わせにあった。怪我をしても、水で洗い流すことはできない。雨が降るのを待つしかない。冬になると、インフルエンザも大流行した。

 この事態に、ひとりの男が対策を講じるべく、立ち上がった。彼は、国を代表する天才科学者だった。

 「所長、完成しました」
 「何がだ?」
 「新製品TEARAIBA(手洗い場)です」

 TEARAIBAは、文字どおり、手を洗うための施設だった。公共施設にこのTEARAIBAを置くことで、人々が手を洗う頻度をなかば強制的に増やすことができる。もっとも、これでは水の無駄遣いだ。
 しかし、TEARAIBAの凄さは、ほとんど水が要らないことだった。10Lの給水タンクが備えられているが、手を洗うのにそれ以上の水を必要としないのだ。要するに、少量の水で永遠に手を洗い続けることができる。うがいだってできる。

 「すごいじゃないか。どんな仕組みになっているんだ?」
 「浄水器が内蔵されており、細菌やウイルスも除去できる優れものです。常に浄水が行われているので、タンクの水だけで循環できます」
 男は誇らしげに語った。長年の国の課題が、もうすぐ解決しそうなのだ。それも無理はない。

 TEARAIBAは全国各地に設置された。最初は、物珍しさから人が殺到した。手洗い・うがいに慣れていないA国の国民は、最初は戸惑っていたが、しだいに生活に溶け込んでいった。
 手洗いという行為は、人々の外出を促し、街にもかつての賑わいを取り戻し始めていた。外に出ることで国民の購買欲をかきたて、経済も活性化した。
 良いこと尽くしだと思われたこの製品だが、一つだけ大きな難点があった。

 「所長、大変です。TEARAIBAの水をペットボトルに入れて家に持ち帰っている事件が多発しています」
 「なんてことだ。このままでは、我が国の水が無くなるではないか」

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